切り絵の題材用を兼ねて、スーパ
の手羽元を買った。手羽中
という部位も売られていて、まる
で鶏は工業製品だ。も含めて実
際それはそのとおりなのだ。卵の
価格が高く、フライド・チキンも
まだ食べたことのなかった昭和3
0年代半ば、大阪市内の筆者の家
からさほど遠くないところに養鶏
場があって、近所には10羽ほど
のチャボを道端で放し飼いにして
いる人もいた。羽の色艶が鮮やか
で、堂々たる歩みを思い出す。そ
れをたまに捕まえ、空に放り投げ
て遊ぶやんちゃな兄さんもいた。