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ゆうゆうゆうぜん de kirie 特別編 作って没にした『ボブ・マーレイの眩亡霊』
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ボブ・マーレイの眩亡霊

り絵は切り直しができない作業だが、筆者は同じように一作を完成するのに一回限りであることがほとんどだ。つまり、出来上がりが気に入らずに作り直すことはごくまれだ。画像を加工する便利なソフトがあるから、多少の失敗は画面上で修正できるし、あるいは切り上がった絵を徹底して作り変えることも可能だろう。でもそういうことはしない。作ったものはすぐにそのままスキャナーにかけてデータを取り込み、わずかに画像のコントラストを強めてemiさんに送信している。ただし、せっかくうまく切り上がったのに、それを同じ15センチ角のもう1枚の色紙に貼り合わせる際に失敗することがある。ふたつ折りして切り上がった紙を広げ、裏側に向けてスプレー糊を吹きつけるのだが、その紙を別の場所に移動し、そっとその上にもう1枚の色紙をぴったりと重ね合わせるという行為は、想像以上に神経を使い、1回でうまく貼り合わせられることはまずない。どこかがいびつになる。そして、その部分からまたそっと剥がし始めて順次別の場所を剥がし、もう一度正しい位置で接着し直すのだが、1ミリに満たない細い線はちぎれてしまったりするから、貼り合わせ作業に1時間ほどかかったあげく、結局うまく行かずに没にすることがある。場合によっては切る行為よりも難しい。
 さて、本作の背景の事情については15×15の文章で記したので多言は不要だが、少し補足しておく。去年の夏からボブ・マーレイの笑い顔を切り絵にしようと考えていた。8月下旬になって今年も夏がいよいよ終わることに改めて気がつき、早速温めていた『ボブ・マーレイの眩亡霊(マブボーレイ)』という、いつもの語呂合わせ遊びの題名の切り絵化をすることにした。中旬まで本職の友禅の作品づくりで猛烈に忙しく、ボブのCDを毎日BGMにして暑気払いをし続けたから、9月分の切り絵の1点にボブの顔をモチーフにすることはほとんど決めていたとも言える。
 いつも月末になってそろえる翌月用の5点の切り絵は、作っている最中の季節ではなく、1か月ほど先を見越したものにすることが本当は望ましい。だが、なかなかこれからの季節を想定して切り絵を作るのは難しく、新作をすぐにemiさんにアップしてもらうとはいえ、見る人からすれば季節外れな作品に思えることが多い。本作もその部類に属するが、9月の発表を逃せばまた来年の夏になってしまう。別に来年でもいいようなものだが、まとめて5点の発表ということの中に、なるべく作品相互の関連を持たせたい思いがあるので、本作はやはり今月に作られるべきであった。つまり『ボブ・マーレイの眩亡霊』は配色や構図、文章の内容などが他の4点とどこかバランスを取っていたり関連しているのだが、そういうことの細部はわかってもらえなくても何となく雰囲気は伝わると思う。
 ドレッド・ヘアのボブの笑顔を左右対称の切り絵でどのように描くかは簡単なようでそうではない。だいたい人間の顔は左と右では微妙に差があるものであるから、それを無理に左右対称、しかも明暗をはっきりとさせた単純な絵で表現することは、似顔絵という観点からはかなり無謀な冒険になる。あごを少しだけ上に向けた笑顔にして目の輝きは描くという条件を設定して最初に作ったのが、上掲の作品だが、没にしたのはボブにはあまり似ていないからであった。まるで精神を病んだジャンキーに見える。それではまずい。実際はもう少し細い顔をしているし、目の表情も優しい。それでもう一度作り直したものをemiさんに送信した。しかし本当はそれもあまり気に入らなかった。かすかに微笑むという表情を大笑いに変えたが、瞳の輝きをあえてなくしたところがやはりまずかった気がする。似ていない度合いはやはり同じようなものだ。眩しいボブはなかなか気に入った形で定着してくれない。亡霊だから当然か。自分の単なる技量のなさが原因とはいえ、三度作り直すという時間も気力もないので諦めた。じゃ、ま、いーかとの思いだ。四隅の邪魔なイカだけは最初から気に入ったので、ほとんど描き直さなかった。

(2004年8月30日。今年最大の台風16号の暴風雨が到来し始めた夜に。)