下の写真はクリックで拡大します。



(図1)第1案:線描の小下絵。



(図2)第2案:着色その1。



(図3)第3案:着色その2。



(図4)第4案:着色その3。



(図5)第5案:着色その4。



(図6)第6案:着色その5。


●小下絵で完成作を試行錯誤する。その1

1は、1999年1月下旬から4月下旬までの期間に制作した四君子文本振袖の祖形となった、1979年制作の振袖の小下絵第1案(同年3月)。鉛筆でざっと描いたもので、画像が見えにくいが、クリックで拡大するので、大きくして御覧いただきたい。梅、蘭、菊、竹という4つの四君子文様をキモノの縦方向の縫い目を意識して4列に入り混ぜてに配置する構図を想定した。着用時に目立つポイント箇所には梅や菊を置いているが、このふたつは春と秋の代表的な花であり、年中着用しても季節感がおかしくない振袖をとの思いを込めた。
図2は第1案を若干描き変えて着色したもの。その色遣いは墨色を含めた赤や黄、緑、青、紫の5色全部の濃淡を使用して江戸期から現在に続く古典的とも言えるものを、もっと整理して使用するという考えであった。模様に白以外のたくさんの色を使用するのであるから、キモノの地は白にならざるを得ない。白地のキモノは上品でいいのだが、汚れが目立つし、白地のままというのは仕事量が少ないことでもある。そこで次の案が導かれた。
図3では前案の構図を基本にしつつ配色を変えた。注文者のない自由な創作の場合、最も大切なのは実験であって、まだ手がけたことのないあらゆる技法の習得のために、高価な反物とどうにか見つけた時間をたっぷりと費やすことになる。前案のように、模様部分に色数が多いのはそれなりに彩色が手間であるが、彩色に重点を置かず、糊伏せにほとんどの集中力を費やすことに考えが進んだ。そこで本案では地色を赤、文様を黒というたった2色を使い、地部分には細かい斑点模様を染め出す蒔糊の初使用を想定した。

前案はほとんど人間国宝のある有名な作品の配色や技法をそのまま踏襲している。尊敬する存在があれば、それに近づくために何かを模倣したいと考えるのは、まだ20代の若さでは仕方があるまい。とはいえ、一方では模倣は恥ずかしいとの思いが強く、本図ではまた第2案の白地に舞い戻った。ただし今度は文様を青と赤の2色に限定してみた。色数をごく少なくするというのもこの当時、そして今もなお京都の友禅作家のひとつの大きな特徴になっているが、それに少なからず影響を受けていたと言えるだろう。

図5は第1案から約2か月後の5月29日に描いた。その間、ずっと考えがまとまらなかったことがわかる。本案は前案の白地を一転して黒地に変更しているが、これは前述のように白地では仕事量が少ないからで、また、酸性染料の黒を使わずに留袖の黒に使用される三度黒と呼ばれる植物染料による染色を念頭に置いたためでもあった。もうひとつの大きな変更は、四君子文様全体の斜めにめの角度を縦方向の縫い目を完全に無視したもっと緩やかな角度に改めたことだ。当時、本案がかなり気に入ったようで、同じ日に
具体的な工程のための図を別に作成している。

図6を描く前にもう1点同じ配色と構図で全体を吟味した小下絵を作っているが、その掲載は割愛しておく。本図は図5と大差ないが、前案における地の一部の蒔糊使用を決めかねている。これは三度黒を引染めする場合、蒔糊を施してあれば仕事が難しく、仕上がりに不安があるという理由が大きいことと、地の一部に蒔糊を施すことの意味づけが見出せなかったからでもある。よけいなものは盛る必要がないという思いは今も筆者には強くあるが、模様の形や色、全体の構図や配色など、どこを取っても作者の曖昧な考えによるものは全くないものをという考えに立てば、前案の蒔糊使用は反省すべきものと言える。


して6月8日に描いたものが、『工程』の章の「●2、小下絵」の図1の濃い紫地の小下絵だ。結果的にはこれを元にして実際の染めの工程に進んだが、構図に関してはまだ迷いがあったらしく、8月3日に訪問着として1枚描いている(これに関しては次ページの図3を参照)。初案の白から始って、赤や黒を経た地色は、中間の紫に落ち着き、四君子文様は95パーセントを白(白生地のままではなく、顔料の胡粉を使用する)とすることに決めた。この文様の配色は今までの案にはなかったもので、白と紫の2色で図2にあった清楚な感じを、さらにもっと絶対的なものに高めたいと考えたことによる。蒔糊の使用に関して言えば、小下絵の段階では使用しないとしていたようだが、これは本番の制作では紫地の全面にくまなく施して細かい吹雪文様を表現した。それは四君子文全体が白を基調とすることと呼応し、うす暗い空間に矢のような力強さを秘めて花が凛と咲き、そこに小雪が降りしきるという意味合いへの結びつきに納得が行ったからであった。この暗い空間に立つ像のイメージの源は正確に辿って説明することが出来るが、それはまた別の物語となる。


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