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 本振袖『四君子文』

●2 小 下 絵
下の写真はクリックで拡大します。


(図1)
小下絵
(1979年6月8日作画)
この小下絵に至るまでの試行錯誤の跡に
関しては、ここ をクリック。



(図2)
図1の小下絵を元に染めた振袖。



(図3)
注文依頼者が図2の仮仕立て
状態の 振袖を羽織った姿。




(図4)小下絵
(1999年1月21日作画)
これを元に今回は制作した。


下絵(こじたえ)は原寸大の5分の1で描くのがよい。これはA3用紙をぎりぎりいっぱいを使用す る。小下絵は注文者に完成作を想像してもらうためのものであるので、1点では済まず、 往々にして数点を描く。そのうちのどれかに満足してもらうか、あるいはどれか一部と他 のものの一部が合成されたものがよいといったように意向を伝えてもらう。また模様が少 なくて製作が比較的短期間で済む場合は、この小下絵も単純なものになるが、キモノ全面 にわたって模様が広がる総絵羽となると、小下絵はかなり込み入って、描く時間も多く要 する。しかし、手間がかかっても小下絵はしっかりと描いておく方がよい。そうした下準 備が万全であるほど、後の長い作業の見通しも立ち、注文者を説得するにも威力がある。 つまり注文住宅建築と同じことで、設計図がきちんと出来ていることで作者にも発注者に も大きく安心ができるし、後々への覚え書きとしても小下絵は描いて残しておくべきだ。
 ここで説明する振袖では、着用者にさまざまな地色のキモノを工房内で試着してもらっ た結果、濃い紫色が最も似合うということで随伴の母親と意見が一致した。着用者は濃い 灰がよいと言ったが、それは完全に洋服での好みの色で、当時TVに頻繁に登場していた 女優がそのような地色の振袖を着用していたことも理由であった。ところが濃い灰色では 表情も暗くなり、いくら誰も着ていない珍しい色とはいえ、それは当人にはとうていふさ わしくないことがわかり、半ばしぶしぶながら濃い紫で説得した。ところが紫でもたくさ んの階調がある。また生地との兼ね合いで、同じ色を染めてもかなり印象が異なる。試着 時に最も顔映りがよかった振袖は、20年ほど前に作品として染めたもので、文様は梅、 蘭、菊、竹の四君子をほぼ白を中心にまとめたものであった。それは光沢の少ない縮緬地 で、紫の色もやや古風に過ぎたので、それをもう少し鮮やかで艶のあるものに改変するこ とを決め、模様づけも大半はかつてのものに倣うが、全く新たに描き直して、より豪華な ものにすることに決めた。図3は着用者が20年前の四君子文様の振袖 を試着した時に撮影した写真で、図1はその振袖を製作するに当たって当時描いた小下絵 だ。小下絵は大量に保存しているが、それらはすべて描いた順に年度分けし、紐綴 じして保存してある。ひとつの作品を生み出すのに小下絵をいくつも用意する場合 があることは前述したが、実際には作品を製作しなかったそれらの古い下絵を時に眺める ことは、現在まで自分が辿って来た創作の流れを改めて考える場合に役に立つ。またそう した小下絵集は、ある作品の背後には同趣向の多くの作品が控えていることを示し、それ らは実際には弟子なり、あるいは大量の時間があれば作品として実現したであろうこと、 また今からでも作り得ることを示すものでもあるので、小下絵づくりから初めることで作 品の構想を練るという習慣は忘れてはならない。これは線描を引いた後に顔料で彩色する 日本画の製作でも全く同じことであって、キモノ製作と日本画とは近い位置にあると言っ てよい。
 20年前の小下絵とそれをもとにした実物の振袖があるため、新たに小下絵を描く作業 は手早く進む。それゆえ、今回の小下絵には絵の具や色鉛筆で色を塗ってはいない(図4) し、またさほどひとつひとつの文様を克明には描いていない。ただし、20年の間には同 じ四君子模様を描くとしても、どのような形にするかの好みは変化しているし、描く技術 も向上しているはずで、20年前のキモノは試着時に久しぶりに見たのみで、新たにキモ ノを作るに当たって一切確認して参考にすることはなかった。それは影響されては困ると いうのではない。20年前の製作でもかなり細かいところまで記憶していて、見なくても どういう作業をしたかの記憶はある。また、保存してある20年前のキモノの原寸大の下 絵を眼前に引っ張り出して来ても、それはほとんど何の役にも立たない。寸法が異なるし 、下に敷いて写すよりかは、最初から描く方がはるかに早いことにもよるからだ。そして 同じ梅や菊を同じような大きさで描くにしてもそれらの微妙な曲線の癖はこの20年でか なり変化していて、その意味で古い下絵を眺めるのは欠点ばかりが目立ってあまりいい気 分でない。「常に今作るものが人生最後のそしてベストの作品」との思いでいることは本 当のことで、3か月もべったりと要する製作であるならば、そのくらいの覚悟めいた気持 ちがなければ途中で気分が減退してしまっていいものができない。
 図1の小下絵はキモノの背後のみ、つまり衣桁に広げてかけた格好として描いているが 、今回は図4のように別の紙を貼り足すなどして、着用時に前から見える袖や胸、襟の部分も描いている。画像では少々わかりにくいが、これらの小下絵の左下端の箇所はキモノを着用した場合、前姿の最も下端の向かって左端の位置になり、そこが歩む時に翻って裏面が見える。そのキモノの裾をぐるりと取り囲む裏生地を八掛(はっかけ)と呼ぶが、そこにも表と同じように、そして表から連続した絵模様を染める。そのために八掛用の小下絵も別の用紙を使用するなどして描いておく。


  1,受注、面談、採寸
  3,下絵
  4,下絵完成
  5,白生地の用意
  6,墨打ち、紋糊
  7,青花写し(下絵羽)
  8,糸目
  9,地入れ
  10,糊伏せ
  11,糊伏せの乾燥
  12,豆汁地入れ
  13,引染め
  14,再引染め
  15,蒸し
  16,水元
  17,彩色(胡粉)
  18,彩色(淡色)
  19,彩色(濃色)
  20,再蒸し
  21,ロ−伏せ
  22,ロ−吹雪
  23,地の彩色
  24,ロー・ゴム・オール
  25,湯のし、地直し
  26,金加工
  27,紋洗い、紋上絵
  28,上げ絵羽
  29,本仕立て、納品
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