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 本振袖『四君子文』

●10 糊 伏 せ
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(図1)地色で染めない部分を糊で伏せる。
糊が乾燥しない間におがくずを撒く




(図2)生地を張り木に取りつけてから
作業をしてもよい。


ム糊糸目と糯糊糸目の差の最も大きい点は、後者では必ず先に彩色をし、その後にその 部分を糊伏せして地色を引くという方法を採らざるを得ないことだ。前者では同じように そうしてもかまわないし、先に模様部分を糊伏せしてか地色を染めて、その後地色に合わ せて彩色を行なうこともできる。実際ゴム糸目ではほとんどすべてがそのような順序で仕 事をしている。白生地上に先に模様部分を全部染め、その後に地色を引染めするというの は、彩色者が頭の中で地色との調和を考えながら模様を染め尽くさねばならず、最終的な 仕上がりのキモノ全体としての色の調和を考えるうえではかなり熟練した想像力を要する 。というのは、彩色した部分に糊伏せをしてしまえば、ほぼ彩色の様子は隠れてしまうの で、そういう状態で地色を引いても、それが果して模様部分の配色と調和しているかどう かがなかなか把握できない。つまり、彩色段階で地色を決めていたとしても現実にはそれ がまだ見えず、次に地色を引染めする際にはどういう彩色状態かが見えないから、双方が 予想どおりに仕上がるには、前もっての厳密な配色の計画が必要となる。しかし、計画は していても、実際の彩色や引染めでは思ったように色が出ないことがほとんど常に生ずる 。そういう懸念もあって、ゴム糸目使用による、地色引染め後の彩色という方法が一般化 して来たとも言える。ここで取り挙げている振袖はゴム糸目ではあるが、実は1「受注、 面談、採寸」で触れたように、この振袖の元になった紫地色の振袖は糯糊糸目で作ったも のであった。その時は小下絵をしっかりと描き、地色や文様の色をすべて完全に決定して いたので、先に模様部分の彩色を行なって、後で地色を引くことはさほど冒険ではなかっ た。今回の振袖も同じように配色に関しては脳裏に明確にあったので、糯糊糸目でもよか ったかもしれないが、後の項で述べるように、ゴム糸目でのみ可能となる工程を採り入れ ることを念頭に置いていた。
 糊伏せは張り木に張ったままでは生地が固定されて人が移動する格好になって不便でも あるので、大張り伸子に張って机の上で作業するとよい。当然、身頃の場合は長さがかな りあるので、この大張り伸子を同時に数組継いで作業することになる。その際、大張り伸 子同士のだぶり長さは最低でも10センチ程度はあるようにしなければ、その付近の糊伏 せが変に偏ったりしてトラブルが生じやすい。それは張り木に生地全体をぴんと張って作 業すれば問題の生じないことだが、充分注意すれば大張り伸子を継ぐことでも充分同じよ うにできる。糯糊糸目の場合、張り木に取りつけて作業することもできるが、大張り伸子 に生地を張り、地入れも彩色も、そして糊伏せや引染めも同じ状態で行なうことが多い。 大張り伸子は最も長いのは身丈に及び、短いものでは40センチほどで、短いものほど細 く、全部で10種程度は売られていると思う。これらを全種揃えることが望ましいが、最 低でも大小の大張り伸子取り混ぜて1反全部が一度に張れるだけの本数はあった方がよい 。大張り伸子は竹製で同一のものを2本1組で用いるが、買った時はほぼ真っ直ぐになっ ているので、中央部を熱湯に浸し、両端を強く握って竹皮部分を外に向けて内側に少しず つ曲げて弓状に馴染ませて行く。一気に曲げるのではなく時間をかけて少しずつたわませ る。次に伸子による生地の張り方だが、これも慣れない間は生地目が歪んだりしてなかな かうまく行かない。まず、1組の大張り伸子2本をそれぞれちょうど中央部分でX形に交 差させ、利き手でそのXの交点箇所を握り、2本の大張り伸子の交差角度が変化ないよう にしっかりと固定させる。次にその格好のままXの4つの離れた点に位置している伸子の 針をそれぞれ生地耳に順に突きさして固定する。詳細は別項を参照のこと。大張り伸子を対角線に 交差させて生地を張ったのみでは、生地は長さ方向にかなりたるんでいるので、今度はこ れを張るためにXの4つの離れた点の間の生地耳部に10センチ間隔程度に小張り伸子を 張る。この場合、小張り伸子は生地目に沿って平行になるようにする。それがある程度斜 めになっていても柔軟なゴム糸目の場合は支障はないが、妙な斜めの力がかかって生地の 伸びがおかしくなるため、糯糊糸目では具合の悪いことが生ずる恐れがある。小張り伸子 は生地幅より少し長いもので、太さや長さの違うものが数種類売られている。太いものは 竹の皮や節がついていて、針も若干太い。小張り伸子熱湯でたわませることはせず、購入 した時の真っ直ぐな状態のままで使用するが、使用している間に自然にたわんだ状態に固 まって来るので、引染めを後に付着する伸子の針部の色を抜く時などの機会に、熱湯に全 体を漬けてしばらく加熱させて元の真っ直ぐの状態に戻すようにする。大張り伸子は小張 りに比べて生地耳に釘穴が大きく開くので不安になるかもしれないが、耳端から最低3分 (約1センチ)は仕立てればすっかり内部に隠れるし、大張りの穴も湯のしをすればほと んどわからなくなる。また大張りの穴があることこそ一品製作ものと考えることもできる ので、心配するには及ばない。ただし、大張りの先端の釘は絶えずよく尖らせておきたい 。そうでないと生地を張った際に釘が繊維の数本を耳から飛び出させて、生地上に引きつ れが生じることがある。こうなってしまえばなかなか元どおりに直すことができない。ま た大張りを強く張り過ぎたために生地耳を弾かせて破ってしまう場合がある。これは好ま しくはないが、避けがたいことでもあり、強い小張り伸子でも生ずることがしばしばある 。そうなった場合はそれ以上避けないように、避けた耳の箇所を糸でしっかりと縫ってお く。
 糸目際までかっちりと過不足なく伏せる。これは糯糊の場合もゴム糊の場合も同じだが 、糯糊糸目はゴム糸目の場合よりも問題が少ない。というのは糊伏せ糊は同じく糯糊であ るから、糯糊糸目とは馴染みやすく、糊伏せがよりかっちりと仕上がるのに対して、耐水 溶性のゴム糸目の場合は、糸目際でわずかな隙間が空きがちで、そこに引染めの地色が進 入しやすい。また反対に糊伏せが糸目からはみだせば、その分その箇所で糸目が太く見え るように仕上がるので、糸目の工程よりはるかに楽とはいえ、細い糸目の輪郭線をぴった りなぞりながら筒紙で糊を絞り出す点で糸目技術と何ら変わらない真剣さが求められる。 糊伏せで使用する筒紙は糊を比較的多く入れるので糸目の場合よりやや大きいものを使用 する。通常は先金を外して中金だけが入った状態で行なうが、それでは模様の細かい箇所 では糊がはみ出がちになってうまく伏せることができないので、直径1ミリか1.5ミリ 程度の穴の開いた先金をセットした状態でもよい。ただし、糸目で使用したものと同じ筒 を使い回しするのではなく、糊伏せ用に別のものを用意する。できれば2本ほど用意して 交互に使い分けるのがよい。糊は「ネバ」と呼ばれて、糊を専門に販売している店で入手 するが、ネバは糯米を最も多く使用して作ったもので粘度が高い。価格的にも1kgで4 00円程度する。このネバを頂点にして、型染めに使用する粘性の落ちる、より安価なも のが数種類作られている。手描き友禅で使用するのはもっぱらネバで、糸目にもこれを使 用する。糊伏せにも同じくネバを使うが、糸目際を伏せる場合にのみネバを使って、その 内側のベタ部分を伏せるには必ずしもネバでなくてもっと安価なものや、それをネバと混 ぜたものでもよい。あるいはそれが面倒であればネバを少し湯でうすめて使用してもよい 。季節にもよるが、ネバはそのままではかなり固いので、使う分を鉢やボ−ルに小分けし 、蒸し器の中で30分ほど蒸して柔らかくしてから使用する。蒸した直後はかなり柔らか いが、冷えるとほとんど元の粘度に戻るので、蒸す際には適当に水を加える。つまり冷え ても使いやすい粘度に調節する。ネバには多くに塩が入っているので腐敗がかなり防げる が、それでも夏場では容器に入れて湿気の多いところに置いておけばすぐにカビが生える 。カビが生じた場合、その部分のみ取り去り、また蒸しをすれば充分に使用に耐える。通 常はビニ−ル袋に密閉して包み込み、冷蔵庫に保管するが、経験から言えば1年近くは同 じ状態に保てる。通常、総絵羽の振袖では数kgのネバを使用するが、これもあくまで平 均であって、何度も糊伏せと染めを繰り返すといった凝った技法では1反で10kg以上 を使用することもある。
 糊伏せする際のネバの粘度は糸目の場合ほど固くなくてよい。先金を取り去った状態の 筒先から糊の重みで自然にゆっくりと垂れそうになる程度を思えばよい。もちろんもっと 固くてもいいが、理想としては最小の糊伏せの厚さで濃い地色の引染めが伏せ糊を浸透し て下の生地を汚さないことだ。固い糊では必要以上に乾燥後に糊の厚みが増し、それはそ れで、また問題が生ずる。それに固い糊の場合は糊伏せ表面がデコボコしてしまうが、こ れは好ましくない。糊が柔らかいほど粘性が低くて伏せた部分が静かな水面のようにきれ いに平らになるが、その厚みがうすければ地色が被るし、それを避けようと今度は厚めに 使用すると糸目の際をどんどん流れ越えてしまう。そうしたことから自ずと糊の粘度が決 まる。つまり糸目際でぴたりと留まり、しかも伏せた表面が平らになってくれるのが理想 だ。筆者は先金をつけた状態で糊幅4、5ミリ程度の線を糸目際内側にまず置き、その後 に別に用意した先金のない筒に少し柔らかいネバを入れ、それで面を伏せる。そしてもっ と大きい、たとえば8センチ角程度以上の面を伏せる場合は、筒に糊を入れる際に使うス プ−ンで糊をすくって生地に置く。そうした糊の塊をだいたい伏せるべき面に引き伸ばし た後、今度は指を使って糸目際に置かれた先の糊伏せ位置まで馴染ませる。糊の表面に空 気泡がよくできる場合、指でそれらを潰しておく。そのまま乾燥させると、その泡が潰れ た後は糊がごくうすい状態になり、地色が浸透してしまう。この泡は直径が1センチ程度 の大きなものから2、3ミリ程度のものまで必ずあちこちにたくさん生ずるものだが、す ぐに潰さなくても、おがくずを撒いた後にササラでそっと撫でて潰す方法もある。いずれ にしろあまり小さな泡は無視してもよいが、目立つものはすべておがくずを撒く前になく しておく。
 泡を消した後はすぐにおがくずを表面に撒く。余分なおがくずは生地全体を傾けてだい たい払っておく。おがくずを撒いた後でも泡が出て来る場合があるので、おがくずの上か ら指をそっと当てて潰しておく。糊が乾燥した後に泡が発見される場合は、次の豆汁地入 れの後にでも潰して、その箇所に糊を加えておく。伏せ糊後、数時間は、おがくずがある なしにかかわらず、大張り伸子に張った状態が水平でなければ糊の重みで糊が移動すると 考えてよい。これは固い糊を使用するほどそういう危険はないが、糊が固いと作業がはか どらず、また無駄でもあるので、自分にとって作業をしやすい糊の粘度を見出して、余分 な糊も労力もかけない方がすっきりといい仕事ができる。いずれにしろ生地をなるべく水 平に保ちながら作業を進める。伏せ糊が糸目を越えて垂れ出した場合は、まず元には戻せ ないので、そのまま地色の引染めまで行ない、彩色の段階で残しておいた地色を細筆で埋 めて修正する。というのは、糊を除去しようとすればかえって生地を傷めてたりして、垂 れ出たこと以上にその付近一帯に難を生じさせる恐れがある。おがくずは糊の乾燥を早め るもので、ある程度乾燥した段階でもう一度撒くのもよい。型友禅ではネバ糊ではなくも っと粘度の落ちる「さく糊」を使用し、おがくずも撒かないことがある。また糊に亜鉛の 粉末(灰色をしていて重い)を混ぜて糊の抜染効果を高める場合もあるが、使用量によっ てはかえって生地が白くならず、逆に黄ばんでしまうことがあるので、通常の手描き友禅 ではこうした助剤は使用せず、特別な効果を求める時にのみ、しかも試験染めを経て行な うことにする。伏せ糊は最小限度に使用して防染効果を最大にすることが理想だが、この ひとつの目安は、生地目が伏せ糊面からかすかに隆起して見えるのはまず色が被ってしま う。つまり生地目が糊の下に完全に隠れる程度の厚さに伏せる。ただし糊の粘度が低いと 乾燥すれば生地目が見えることもある。こうした場合にもまず被ってしまう。引染めが乾 燥した段階では色が被ったかどうかはなかなかわからず、糊を洗い流した後で初めてわか る場合がほとんどだ。うすい色ならばどうにか彩色の段階で隠すこともできるが、濃い色 ではそうも行かず、被った色を抜く必要がある。それは余計な手間であり、糊伏せをしっ かりとしておれば避け得たことなので、そのためにも糊が乾燥した後でも引染めの直前ま で手元にネバ糊を用意しておいて、伏せのうすい箇所には充填を心がける。そしてもし色 が被ってしまった部分は蒸しに出す前に、被った箇所に抜染糊を作って塗りつけておく。 そうすれば蒸しの段階でその抜染剤が効いて、その糊の下の染料を抜くことができる。た だしこれも抜染剤の量によっては引染めした範囲にまで色抜けが及んでしまうので、なる べくなら使用しない方がよい。


  1,受注、面談、採寸
  2,小下絵
  3,下絵
  4,下絵完成
  5,白生地の用意
  6,墨打ち、紋糊
  7,青花写し(下絵羽)
  8,糸目
  9,地入れ
  11,糊伏せの乾燥
  12,豆汁地入れ
  13,引染め
  14,再引染め
  15,蒸し
  16,水元
  17,彩色(胡粉)
  18,彩色(淡色)
  19,彩色(濃色)
  20,再蒸し
  21,ロ−伏せ
  22,ロ−吹雪
  23,地の彩色
  24,ロー・ゴム・オール
  25,湯のし、地直し
  26,金加工
  27,紋洗い、紋上絵
  28,上げ絵羽
  29,本仕立て、納品
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