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 本振袖『四君子文』

●11 糊伏せの乾燥
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(図1)糊伏せが終わった順から張り木
に取りつけて自然乾燥させ、その後、
糊に固着していないおがくずを刷毛で
充分に取り除く。


張り伸子を継いで生地両端に乳布を縫いつけた生地全体の糊伏せ作業が終われば、即座 にそのままの状態で張り木に張り直す。張り木に張った後、改めて強くロ−プを引き締め る前に大張りを取り去る。そして大張りの継ぎ箇所部分で生地が伸び切ってたるみや皺が 生じていれば、節のある張りの強い小張り伸子を張り、また小張りの不足している箇所に も補う。引染めではなるべく細くて弱い小張り伸子を使用するが、これは必要以上に強い もの使用すると、その部分の耳が伸び切ってしまい、後の彩色の際に弛んだままになりや すく、その弛みを元に矯正する張りのある小張り伸子がないことになって困るからだ。そ うした理由から、彩色の工程で最も強度のある伸子を使うことにする。小張りを張る間隔 はだいたい10センチ間隔で充分過ぎるが、糊伏せの状態によってはもっと密にしたり、 逆に粗くする。糊が乾燥し過ぎて皺が強くよっている部分は豆汁の地入れによって元どお りになり、それが乾燥すればまた皺になることが多いが、なるべく大きな皺がよらない程 度に小張り伸子を張っておく。伏せた糊の乾燥は早ければ半日で済むが、梅雨時には数日 かかっても乾かないことがある。部屋に乾燥器があればそれを使用して一気に乾かしても よいが、その後すぐに豆汁地入れすればまた湿気を含み、その地入れを今度はまた素早く 乾かす必要が生じる。そしてその時にまた乾燥器を使用するといろいろと問題が生じる恐 れがあるので、雨などの天気の悪い日には無理に糊を乾燥させずに、そのまま晴れの日ま で待つのがよい。また、屋外で生地を張って作業できるのであればそれもかまわないが、 真夏の炎天下に生地をさらしての地入れや引染めは避けた方がよい。部屋でク−ラ−をか けての作業はク−ラ−付近の乾燥が早いため、反物の部位によって乾燥むらが生じるので やはりよくない。スト−ヴも同じことで、とにかくポ−ルの上部に何段かに重ねて張った 生地の全体が同じように乾燥することに気を配る。伏せ糊の乾燥だけならば部屋の窓を全 開にして風を通すとよいが、地入れや引染めを乾燥させる場合はあまり一定方向ばかりか らの風はよくないので、その点を留意してなるべく素早く乾くようにする。
 糊伏せが終われば、あまった糊をボ−ルに入れたまま乾燥させ、もし表面にカビが生え ることがあればそれを取り除いて次回の使用時に蒸せばまた粘りは戻る。ボ−ルに保存し ておくのは、糊伏せが終わった後も糊を使う場合の生じる恐れがあるからで、そうなった 時にすぐに作業できるように用意しておいた方がよい。一方、使用した筒紙は水に浸して 内部の残った糊を完全に洗い流し、筒の水分を簡単に取ったうえでそのまま乾燥させる。 中金はずっとそのままつけておいてよいが、先金は必ず外して水で洗って糊分を除いた状 態で保存する。そうしておいても塩分などでやがて表面に青錆が出たりして脆くなって来 る。そうなれば糸目で使い古て穴が大きくなってしまった先金を新たに用いればよい。糊 の乾燥具合は表面に爪を立てて爪跡ができる程度ではまだ地入れをしてはならない。だが 引染め屋に出す場合は、この段階で張り木から静かに下ろす。そして新聞紙などで直径1 0センチほどの巻き芯を作り、糊の表面に新聞紙を1枚ずつ挟みながら順に巻いて行く。 糊は半分乾いた状態で、糊伏せした生地部分は耳たぶ程度の柔らかさがある。糊が乾き過 ぎると、生地耳から上側にそって来るが、これは乾燥し過ぎで、この生地の曲がり状態を 無理に戻そうとすると糊にヒビ割れが生じる。それだけならばよいが、紬などで織りの密 度が荒い生地では、乾燥し過ぎた糊伏せ面のそりを無理に戻そうとすると、糊がぽきりと 折れた時に同時にその箇所の生地が裂けることがよくある。絶えず糊の乾き具合を確認し 、ちょうどほどよく乾燥し切った時に次の地入れを行なうことにする。乾燥し過ぎると生 地のあちこちに皺がたくさん寄って来るし、糊面が生地白面より浮き上がって見える。糊 伏せ表面は充分に固くなっていて爪跡がつかず、指で弾くと乾いた音がする。それがさら に進行すると前述のように生地両耳がくるりとそって来るので、そうなれば霧吹きで水分 を撒き、ある程度元に戻ってから地入れをする。糊が乾燥した段階でブラシで生地上の余 なおがくずを全部きれいに取り去る。これはすっかり出ないようになるまで繰り返し何度 も行なう。そうしておかないと地入れ溶液によって生地上のおがくずが白生地上へと動き 出し、そのままの状態で地入れが乾燥すると、引染めした後におがくずの斑点がついたよ うに引染めの色が変わってしまうからだ。
 伏せた糊の厚みはだいたいどこも同じであるのが理想的だが、それは糊伏せ跡が糊の厚 みに応じてほんのり生地の焼けとしてごくうすい黄ばみの差となって現われるからだ。こ の糊焼けの原因は糊に混入されている石灰分にもよるが、この焼けを計算に入れて作業を しないと仕上がりがきたなくなる場合が往々にしてあるので注意を要する。それは糊伏せ した部分全部に後で彩色をするのであればさほど問題はないのだが、伏せた部分を生地の 白上げにしたい場合には話が違って来る。ここで説明している振袖はちょうどそうした事 例になっている。最終的に生地白面として仕上げたい部分は、引染めの際にわざわざその 糊伏せ面上に刷毛で染料を引く必要はなく、なるべく刷毛をその上に走らせて染料が被ら ないようにするのが普通であるので、そうした部分の糊伏せの厚みはごく最小限に、しか もあちこちムラがあってもかまわないと思いがちだが、実は全くそうではなく、糊伏せし た部分はごくうすい黄ばみの色を引染めしているのと同じ状態にあることを考えねばなら ない。つまり糊厚さにムラがあればそのムラどおりに黄ばんでしまう。こうなればもはや 直すすべはない。糊伏せは引染め染料の被りを防ぐと同時に生地にごくうすい色をつける こともあるということを忘れないようにする。このうすい黄ばみは案外によく目立つもの で、たとえばの話、日の丸の旗を染めるとして、白地の部分に糊伏せして赤色を引染めす るが、糊伏せは白地全体に同じ厚さで施さないと、白が真っ白にならずにムラが出るとい うことだ。したがって、当然のことながら赤を染める刷毛が被るであろう丸の周囲部分だ け糊伏せしてよいというものでは全くない。染料をつけた刷毛が及ばない部分にまできち んと均質の厚さに糊伏せする必要がある。これはかなり余分な糊を使用するため、かなり 不合理ではあるが、糊伏せとはそういうものであることを認識しておく。糸目はごく細い 防染でしかないので、その線のみでたっぷりと水気のある引染めの染料をくい止めること はできない。長さ方向に身頃と袖が隣合ってつながった状態で、双方を別の色に引染めし たい場合、当然のことながら間に防染糊を置く必要がある。その場合、4、5ミリほどの 幅でネバ糊を置けば、お互いの地色が浸透し合うことはない。この数ミリ幅の太い防染糊 を使用したものが「筒描き」と呼ばれる藍染めを主とした麻や木綿の染色品で、また大漁 旗も同じように筒描きによる太い線上げの防染効果を発揮したものだ。糸目はその筒描き のうんと繊細なものと言える。
 ここで糊の作り方について書いておく。糯米の粉と糠をまず用意するが、糠は漬物に使 用するような荒いものではなく、もっと微細にした小紋糠と呼ばれるものを使う。糠は狐 色をしているので、仕上がる糊も真っ白にはならず、うす茶色となる。糯米と糠の重量比 率によって粘度が変化し、糯米が糠の2.5倍程度がネバ糊となり、逆に糠が糯米の1. 5倍程度になれば型染めで使用する糊となる。これは粘りが少ないので、渋紙で作った型 を生地上に置き、ヘラを使ってそのうえから糊置きした後、糊が型の穴の縁にさほど絡む ことなく剥がれる。友禅でもこの糊を広い部分を伏せる際に使用してもかまわないが、そ ういった場合でもなるべくネバを混ぜて使用した方がよい。糯米と糠のほかには塩を少量 入れるが、これは季節によって量が違う。ネバを舐めるとかなり塩辛いが、その程度は必 要ということだ。また、糊の乾燥割れを防止するためにグリセリンを入れたり、防染した 部分をよりくっきりと白く仕上げるために石灰の上澄み液や亜鉛末を入れる場合もある。 ただし石灰や亜鉛末は程度によってはかえって生地焼けの原因になる。これは糊の保存状 態や蒸しの程度に主な原因があるが、黄ばみの程度がきついともはや手の施しようがない 。また、糊を錆びた箇所のあるホーロー製のボールに保存しておくと、糊に錆びのごく微 量が混入し、糊伏せした時点ではわからなくても、蒸して水元をした後に糊伏せしていた あちこちに直径2、3ミリの褐色の斑点が出来ていることがある。これはおがくずの中に 錆びた鉄の微粉が混入していたことも原因と考えられるが、いずれにしても酸性染料の色 抜き剤のロンガリットで抜染することが一時的には出来ても、日数を置くとまた同じよう に現われるなど始末に悪く、地直し屋に依頼してもなかなか完全には直してもらえない。 通常は糊伏せした箇所は後で彩色を施すから、こうしたシミが多少出来ても色で隠せるが 、糊を落とした後にそのまま生地白として仕上げる場合はそうしたシミはかなり目立つの で、全部抜く必要がある。染色とは化学反応の応用技術であるので、こうした錆びの問題 は生じて当然だが、糊の保存は化学的な変化を起こさない容器を使用するのが好ましい。 糯米と糠の粉末を混ぜて水を加え、ボ−ルの中で手でよく練って全体を固い土程度の粘度 にする。これをド−ナツ状にして蒸し器で1、2時間蒸す。蒸した後はすり鉢で少しずつ 水を加えながらすりこぎで練る。この間に塩や石灰水を混ぜるが、適当な粘りが得られる まで水分を加える。冷えれば完成だが、最初から釜の中に糯米と糠とそれがすっかりしゃ ばしゃばになる程度の水を加え、中火のガスで熱しながら1時間ほどずっと匙で焦げ目が つかないようにかき回し続けて作ることも出来る。もし焦げができればその分は取り除き 、最終的に目的の粘度が得られるまで作業を休みなく続ける。経験からすれば、後者の場 合は糊が焦げて茶色になりやすいが、そうなっても使用には差し支えない。なお、熱い状 態ではネバはかなり柔らかくて液体に近いと感じるが、完全に冷めると粘度がかなり高ま る。保存していたのネバの再使用時に水を加え過ぎれば、新たなネバを足せばよいが、そ の補充用のネバがなければ全体が少し乾燥するまで待たねばならないので、ネバは常に多 めに手元に冷蔵保存しておく。


  6,墨打ち、紋糊
  7,青花写し(下絵羽)
  8,糸目
  9,地入れ
  10,糊伏せ
  12,豆汁地入れ
  13,引染め
  14,再引染め
  15,蒸し
  16,水元
  17,彩色(胡粉)
  18,彩色(淡色)
  19,彩色(濃色)
  20,再蒸し
  21,ロ−伏せ
  22,ロ−吹雪
  23,地の彩色
  24,ロー・ゴム・オール
  25,湯のし、地直し
  26,金加工
  27,紋洗い、紋上絵
  28,上げ絵羽
  29,本仕立て、納品
     1,受注、面談、採寸
  2,小下絵
  3,下絵
  4,下絵完成
  5,白生地の用意
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