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 本振袖『四君子文』

●17 彩色(胡粉)
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(図1)彩色は白色(胡粉)から始める。




(図2)片刃の彩色刷毛いろいろ。


色は友禅染の中では糸目に継いで普通最も時間を要する工程で、ここで説明している振 袖では3週間程度費やした。友禅業界では糸目に彩色することを「友禅」と言う。またそ の彩色行為を「色を塗る」とは言わず「色を挿す」と言うが、これは彩色作業が糸目で堰 をされた模様領域に染料を筆で少しずつ塗るというよりも、むしろたっぷりと染料を含ん だ筆や小さな刷毛で糸目際までぴたりと色を注ぎ込むという感じに近いことからで、なか なか言い得た表現だ。「塗る」では友禅が塗り絵のような印象を与えてしまうが、浸透し やすい生地に染液を置く行為はそれなりにいろいろと制約があって、紙に着色するのとは かなり様相が違う。慣れれば紙に絵の具で塗り絵をするよりむしろ簡単で作業も早い。塗 り絵の場合は色を塗る際の筆圧や絵の具のつけ具合によって濃いうすいのまだら状になり やすいが、生地を熱源で炙りながら行なう友禅の彩色でもそれなりに色むらになりやすい 。ところがこれは仕事としては許されない。色褪せたように見えるからだ。つまり、きれ いではないということだが、このことをもって、友禅がきれい事に終始していて、表現さ れたものが芸術的ではないと見る向きもある。こういう論理には何か根本的に芸術や精神 性ということを狭いところに押し込めた見方がある。作者の激しい思いがあればあるほど きれいな表現などしないはずというのは全く一面的な見方であり、かっちりと端正に仕上 げられたものの中にも同じように作者の表現主義とも言える心のドラマはあり得るはずだ 。それはいいとして、ここでは伝統的な文様表現と彩色の工程を説明しているので、その ことを踏まえて先に進む。また、糯糊の糸目では模様部の彩色を全部終えた後で蒸しをし 、その部分を糊伏せしてから地色を引くことは糸目の項目で述べておいたが、そういう場 合でも以下で説明することは何ら変わらない。
 彩色は白から順にうすい色を挿して行く。これはうすい色は後で濃い色に変えることが できるからで、またうすい色が糸目から滲み出して(これを業界では「泣く」と言う)も 、その滲んだ部分を含む糸目で囲まれた隣合った領域に濃い色を挿せば、滲んだうすい色 はほとんど目立たなくすることができるからだ。彩色は細い糸目から色がはみ出してはな らず、また反対に際まで充分に色を挿さないと糸目がその箇所で太く見えるのと同じこと になり、それでは糸目を細心の留意で引いた意味がない。このように、彩色では糸目で囲 まれたある箇所がその隣合った箇所とお互いに色を侵入させずに独立し合っていることも 求められる。こうした細かい作業から、友禅では彩色が最も重要で、その行為が「友禅」 と呼ばれるのは納得が行く。糸目際でぴったりと色を止めるのは、糊糸目の場合はゴム糸 目よりはるかにたやすい。糸目糊の生地裏への浸透に差があるからで、糊糸目は地入れに よって生地裏面にきわめてよく糊が浸透するが、ゴムの場合は細く引けることもあって、 裏に回りにくく、挿した色は泣きやすい。そのために絶えず300Wの電熱器で炙って乾 かし続けるが、乾きながら色が挿されるということはむらになりやすい。また、引染めの 場合と同じように、混色した比較的うすい染料はむらを生じやすいので、少量の界面活性 剤を入れることが多いが、それは乾燥を遅らせつつ効果を発揮するものでもあるので、そ うした染料を炙りながら彩色するのは理論的にも無理がある。このようにさまざまな制約 があるなかでの彩色ということをまず知っておきたい。
 糊伏せされて生地が白く上がった部分にまず白を挿すというのはおかしなことと思われ るかもしれない。染色とはいうものの、色の全く染まっていない白生地のままの箇所があ ってもよいし、実際糊伏せ、そして引染めをして、糊伏せ部分を白く抜いたままを見せる 白上げの技法もあり、ここで説明している振袖では何重かの平行直線の白い部分がそれに 相当している。さて、白の染料は存在しないから、染色で使う白は顔料のことで、これを 胡粉と呼ぶ。胡粉を挿した箇所と白上げの箇所とでは同じ白とはいうものの、前者は艶消 し、後者は生地の光沢があって、見る角度によっては大きな差がある。顔料は染料よりは るかに粒子が荒く、また通常はそれだけでは生地に定着せず、接着剤の代わりとなるもの を混ぜて使用する。胡粉は昔は貝殻の白い部分を細かく砕いて使用していたが、今では化 学的に作った粉末が売られていて、それを使用する。接着剤としてはカゼインを使うが、 防腐効果のためにほう酸の粉を混ぜてあるものがあってこれを使用する。カゼインはゆき ひらなどに入れて水を注ぎ、焦げつかないように沸騰前までゆっくりと熱する。始めは餅 か団子のようなドロリとした不透明な塊状態だが、温度が上がるにつれてさらりとした状 態になり、透明感が増す。冷めるとかなり粘度が上がるので、それを予想して最初に加え る水の量をあまり多くしないでおく。出来上がったカゼイン液はそのままの容器に入れた まま、何も加えずに保存する。よほど水っぽくなければ腐敗することはなく、少しずつ水 分が蒸発して乾燥し切ると、にかわのような色と固さになる。これはまた水を加えて半日 ほどそのまま置いた後、電熱器で加熱するとまた使用できる液体に戻る。
 次に胡粉液の作り方だが、乳鉢に胡粉を入れ、平温に冷ましておいたカゼインをごく少 量加えては乳棒で練る。何度かこの行為を繰り返し、徐々に全体を馴染ませ柔らかくする 。作る量にもよるが、最低でも20分程度は練って、耳たぶ程度の粘度にする。これはカ ゼインが水っぽければその量が少なくてもそうなってしまうので、カゼインの濃度が問題 になるが、だいたい夏場の蜂蜜程度の粘度にして使用すればよい。充分にに混ざった頃に 次は水を少量ずつ加えて同じように練る。そして最終的にはそのままで生地に挿せる程度 にうすめるが、必ず試し裂に少量をつけて電熱器で炙って乾かし、指でさわってごわつき がひどくはないかどうか確認する。爪で表面を引っかいてみてかなり胡粉の粉末が爪につ く場合は濃過ぎるということだが、そのように固着すべき胡粉が生地から落ちやすいのは 、まだカゼインが足りないか、濃度が高過ぎるかだ。逆にカゼインが足りなかったり、胡 粉の濃度がうす過ぎると、糸目から滲み出しやすいので、カゼインと胡粉の粉末をどの程 度混ぜるかは難しい。胡粉を挿した箇所は後の水元の作業でいくぶんは落ちて柔らかくな りはするものの、他の染料と比べて多少固くなるのはやむを得ない。また胡粉の濃淡を用 意して、使い分けることもあるが、これはうすい胡粉は生地が透けて見えやすくなること を考慮した方法だ。カゼイン液を自分で作って胡粉を練る手間を省くために、練り胡粉が 売られており、これは水でうすめるだけで使用できる。カゼインを混ぜて作った場合でも 乳鉢全部を使用濃度にうすめてしまわないで、小皿に使用する分だけ用意し、残りは粘度 の高いまま置く方がよい。糊伏せした場合、たいていは引染めの地色が中間色から濃い色 にかけてであるので、胡粉やうすい色の使用は効果的でもあるし、全体の仕上がりを品よ くする。前述したように、胡粉を使用せず、白生地をそのまま見せる考えもあるが、糊伏 せした生地はほんのりと黄ばむので、真っ白い効果を考えるならば胡粉は欠かせない。
 胡粉は沈殿して染料皿の底がどろりとしやすいので、彩色の際は筆を必ず底まで漬けて かき回す。そうでないと使うにつれて筆の根元が胡粉で固まり、しかも胡粉の濃度が高く なる。また埃が入らないように気をつける。というのは埃などで皿が汚れれば、そのまま 胡粉は生地に定着して真っ白にはならないからだ。小皿いっぱいに用意した胡粉や染料は 、季節にもよるが丸1日経つとかなり水分が蒸発するので、半日ごとに数滴程度の水を加 える。濃度変化を避けるためにボ−ルいっぱいの彩色用染料を作る人もあるが、大半が無 駄となり、また染料を下水に多く流すことにはためらいもあるのであまりよい方法とは思 えない。染料も胡粉も真夏では腐敗しやすいので、防腐剤を入れる場合もある。しかしな るべくならキモノの彩色で使用する染料や胡粉は必要量がだいたいわかるもので、作った 分はその日のうちに使用するようにこころがければ防腐剤混入の必要はない。それに、な るべく余計なものは混ぜないのが無難だ。胡粉があまれば固体になるまで乾燥させて次回 の胡粉作りの時に乳鉢に混ぜ、一緒に擦り潰すとよい。彩色の際、胡粉は染料に比べると ざらつき感の手応えがあり、また比較的泣きにくい。そのため生地を炙らずに行なえるこ ともある。仮に泣いても白色であり、後で挿す他の色で隠せるが、胡粉は絹の光沢を失わ せるので、泣いた箇所はたとえそのうえに別の染料が被さっても見る角度によってはよく 目立つ。そのため胡粉も泣かないに越したことはなく、炙りながら作業する方がよい。そ れにその方は作業がはかどる。胡粉は混入しているカゼインが蒸しによって完全に固着す ることで生地に定着するので、もし胡粉を誤って挿した場合は、すぐにきれいな筆に水を 含ませてその部分を洗うと、ある程度は拭い去ることができる。しかし挿す間に炙ってい るので、その加熱ですでにいくぶんかは固着しているから、蒸しをする前でも全部の胡粉 は洗い落とせない。とはいえうすくなった胡粉上に別の色を彩色するとかなりわからなく なるのでさほど心配することはない。
 ここで取り上げている振袖は光沢の目立つ生地を使用していることもあって、胡粉をぼ かしで彩色する方法を採用した。ここでは梅の花弁にその効果を用いたが、大きな牡丹模 様の場合にはしばしば使用される。こうしたぼかしは彩色用の小さな刷毛の毛並みが斜め に揃えられた片刃(かたは)と呼ばれる刷毛を使用する。片刃刷毛は大小さまざまあるが 、通常は6分と8分の幅のものがよく使われる。慣れればこの双方でどのような小さな部 分や大きい部分でも彩色できる。水墨画の付け立て技法と同じで、その尖った毛先部に濃 い色、反対側の部分にうすい色を含ませた状態で生地上でうまくさばくと、滑らかな色濃 淡のぼかし効果が2本の刷毛や筆を使用することなく得られる。胡粉ぼかしの場合は尖っ た方に胡粉、そうでない方にカゼイン液を含ませるが、そうして染めた箇所は胡粉から生 地白までのぼかし効果が得られる。これは生地白部分には絹の光沢があり、胡粉で染めた 部分が艶消し状態となるので、一見したところ全体は白でも、光のかざし方によって随分 と立体感が生じて見える。この胡粉ぼかしの技法とは違って、胡粉を糸目で囲まれた領域 全面にベタ挿ししてすぐに、もう1本の刷毛や筆で染料のごくうすい灰色をぼかしで加え ると、同じように立体的には見えるが、胡粉ぼかしでは胡粉の使用のみで生地白部がその ままやや灰色がかって見え、友禅特有の技法としてぜひマスターしておきたい。胡粉ぼか しではベタに塗り切る場合よりもやや濃い胡粉を使用する。これはぼかし効果がよく現わ れるようにするためだ。小さな刷毛だけでやや広い面を胡粉ぼかしするのは何度の刷毛先 に胡粉を含ませることが必要なので、まず筆で胡粉のベタになるべき箇所をあらかた挿し た後に、それを引き継ぐ形ですかさず胡粉を含ませた片刃刷毛に持ち替えてぼかし足を作 ればよい。片刃刷毛ひとつで作業した方が面倒でなくていいが、まずは仕事が遅くてもき れいにぼかすことの方が大事なので、いろいろと工夫して作業のしやすい方法でやればよ い。加賀友禅では染料の中にほんの少々の胡粉を垂らして染料を顔料のようなむっくりと した味わいで使用することがあるが、最終的に仕上がった生地の表面を擦ると色落ちする 場合がある。それは胡粉のカゼイン量が全体にうすまって使用されることにも関係がある 。京友禅ではあまり染料に胡粉を混ぜることはない。
 彩色は胡粉も含めてどの色でもまず染料の具合を確認するためにも、八掛けや下前部分 など、着用して隠れる部分から始める。胡粉の塗り切り部分を先に全部終え、その後でま とめて胡粉ぼかし部をこなすのがよい。彩色箇所が少ない場合は同時にたくさんの染料を 用意して作業するのもいいが、今回のような総絵羽の振袖、しかも胡粉部分が大半を占め るようなものでは、胡粉の塗り切り(ベタ塗り)作業だけでも1日では終わらない。なる べく短期間にある一定の色を挿し終える方が、染料の乾燥による濃度変化の心配もなくて よいし、全体が少しずつ仕上がって行くため、作業途中で次の配色を考えることも出来る 。最初から全色を用意する場合は、よほど最終的にどういう感じに仕上がるか明確にわか っていることが必要だ。それよりも試行錯誤しながら順に濃い色を作って彩色して行く方 が無難かつ確実な仕事ができる。彩色すべき生地は大張りの伸子にはX型に張って、反物 両端の余分はX型に張ったX字の各起点にまで巻き取って、耳端部を洗濯挟みで止め、そ して小張り伸子を適当に張って彩色部分にたるみがないようにする。小張りは生地裏に張 るのが彩色の邪魔にならないが、比較的大きな部分を彩色する場合は、伸子が生地裏に接 近し過ぎて、炙って乾かす間にしばしばその伸子の細い影が彩色中の色の濃い色として浮 かび出ることがある。そうなれば直しようがないので、伸子は生地の表側から張ってもよ い。以上のようにして片手で自由に扱えるようにした生地を彩色机にかざして作業をする 。この机は中央に電熱器の熱をかざす四角い穴が開いている。この電熱器で染液の入った 皿を加熱する場合もあるが、ニクロム線が外と内に切り替えができ、それぞれが300W で計600Wを供給できるものが便利だ。電熱器のうえに生地が落ちて焦げないように、 前述したように、ひとまず彩色しない部分は巻き取ることを常に忘れてはならない。大張 りを順次別の生地部分に張り替えながら、また合口のぼかし足などが縫った時にぴたりと 合うかどうかを、他の部位を横に広げておくなどして、確認しながら作業を進める。大張 り伸子を使用せず、1反全体をエンドレスに左右どちらの方向にも移動させることができ るように考案された、生地幅サイズの直径20センチや30センチといった木製の回転ド ラムを長さのある大きな木枠両端に何個か取りつけた枠場にセットして彩色することもあ るが、これは生地が常に横向きに固定されたままであり、彩色するには手や指の方向が不 自然になることを強要される欠点がある。こうした枠場は総絵羽のキモノを彩色するには 不向きで、帯や合口のごく少ないキモノには便利をものと言えるが、部屋に取りつけるた めにちょっとした大工仕事が必要で、常にその枠場が見えている状態となるため、専用の 仕事部屋を必要とする。


  11,糊伏せの乾燥
  12,豆汁地入れ
  13,引染め
  14,再引染め
  15,蒸し
  16,水元
  18,彩色(淡色)
  19,彩色(濃色)
  20,再蒸し
  21,ロ−伏せ
  22,ロ−吹雪
  23,地の彩色
  24,ロー・ゴム・オール
  25,湯のし、地直し
  26,金加工
  27,紋洗い、紋上絵
  28,上げ絵羽
  29,本仕立て、納品
     1,受注、面談、採寸
  2,小下絵
  3,下絵
  4,下絵完成
  5,白生地の用意
  6,墨打ち、紋糊
  7,青花写し(下絵羽)
  8,糸目
  9,地入れ
  10,糊伏せ
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