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 本振袖『四君子文』

●26 金 加 工
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(図1)花のにおいの部分に金砂子を
振るために、透明な粘着テープで
マスキングをしてカッターナイフで
におい部分周囲に沿って切り抜く。




(図2)切り抜いた部分に箔用の糊を
置き、マスキング・テープをはがす。




(図3)箔糊を置いて金砂子を振る。




(図4)菊の中心部に砂子が振られている。


のし、そして地直しを終えた時点で染めは完成で、そのまますぐに仕立てに出すことも できる。ただし振袖では、より華麗な効果を考えて金泥や金箔、刺繍などを施すことが多 い。この傾向は京友禅に特に顕著とも言える。友禅で染めただけの美しさは厚化粧を施さ ない美人のようだとも言われるので、なるべく金粉や金箔は使用しない方が好ましいとも 言える。それはそうした金をキモノにくっつけるために接着剤を要するし、それを使用し た場所はどうしても風合いが多少ごわつくからでもある。絹の光沢そのものを前面に表現 することが友禅の本質でもあり、柔らかい接着剤が開発されているとはいえ、金箔やある いと刺繍を施すにしても効果的に、しかもなるべく必要最小限度に留める方がよい。金箔 や刺繍の使用箇所は下絵を描く段階である程度は決めておくことであるが、染めの難隠し のために金箔などの金加工をする場合、他の金加工を施す箇所とのバランスを考えなけれ ばならない必要上、当初は予定していなかった箇所にまで金加工を施すことになるから、 金加工の多いキモノは豪華には見えても糸目友禅本来の仕事部分に関しては質が低いと見 られがちになる。結果的に出来上がったキモノが美しければ金加工の量の多寡にかかわら ず、いい仕事には違いないが、せっかく友禅で染めた部分を光沢で被い隠してしまうこと を思えば、その光沢の下の染めの仕事はどうであってもかまわない理屈にもなり、やはり 基本は糸目彩色の友禅部分にあると考えたい。また、型友禅の量産ものは金加工やミシン 刺繍を多く施したものが一般的で、そうしたキモノとは一線を画す意味合いもどこかにあ って、友禅作家のキモノには金加工が目立つものはあまりないとも言えるのかもしれない 。
 まず、金泥による線効果だが、糸目の白抜き線の一部に金を埋めることがよく行なわれ る。そのため、糸目に従属した仕事と言え、糸目が出来るのであれば何ら難しいことはな い。糸目の線をそっくりなぞって金泥で描く行為を「金くくり」と呼ぶが、これには糸目 段階で純粋なゴム糸目の代わりに金泥を混ぜた防染効果のある樹脂系の糊を使用する場合 もある。これは最後に行なうべき装飾行為を、糸目の工程と同時に済ます手抜き技法とも 言え、仕上がりもどこか冷たい雰囲気がある。それに、ゴム糸目とは違ってその樹脂糊は 揮発油で除去されず、そのまま生地上に盛り上がった状態で仕上がるため、独特の立体感 が生ずる。これを「盛り金」と呼んで、それを多用したキモノも作られているが、模様部 分が絹本来の風合いの代わりに樹脂特有の粘着性のある妙な柔軟さを保ち、何か余分なも のがそこにくっついている感覚が拭えない。それはそのとおりで、次々と開発される新し い樹脂系素材が生地表面に固着しているのであるから、染色という本来の言葉から連想さ れるものとは著しく異なるものと言えるだろう。金は本物の金のほかに真鍮の粉の表面に 錆が出ないように処理をしたものがあって、色も赤っぽいものや青っぽいものなど数種あ るが、用途に応じて使い分ける。これらはみな粉の粒子の差によって光沢がかなり違い、 本金かどうかは素人にはまずわからない。金泥は接着剤溶液を混入して筆で描くこともあ るが、ゴム糸目の跡がわずかでも残っていると、そこは水分をはじくため、筆ではうまく 描くことはできない。そのため、もっぱら金泥は金糊と言う透明な粘度の高い接着剤に混 ぜ、それを浸透性の高い専用の金糊液でうすめて、糸目の場合と同じように渋紙製の筒に 入れて使用する。もちろん、金泥専用の筒を用意し、糸目で使用したものを転用しない。 この金糊を使用すれは、ゴム糸目の残留分があっても、すっと金泥が染み込む。金くくり の作業に使用する筒は、中金や先金を装着し、糸目の場合よりも先端の穴は小さくして使 うとよい。絞り出す要領は糸目の場合と全く同じだが、糸目より粘度ははるかに低い。と いうのは、固い金糊では生地上にあまり盛り上がり過ぎると、乾燥後に折れて剥がれやす くなるからだ。金くくりはキモノを着用した時によく目立つポイント箇所や、文様の中心 部などに使用し、胡粉を挿した箇所や、金の輝きが似合う色の周囲に使用するとよい。
 ここで説明する振袖には金くくりは使用しなかった。それは当初から決めていたことで 、金粉のみ、大きな梅の花の中心部(「におい」と言う)の直径8ミリ程度の円形に振る ことにした。金箔を貼っても似た効果は得られる。においの部分は最終的に金粉を振るこ とにを予め決めておき、彩色では同系の山吹色を挿しておいた。こうしておくと、金色に 深みが増し、将来金粉の一部が剥がれ落ちても下に同じような色があるので不自然には見 えない。また金粉の振り具合にむらがあってもさほど目立つことはなく、むしろ下の色と 相まって、金箔をべたりと貼るよりも効果がある。金粉を接着するためには樹脂製の箔下 糊を使用する。これは不透明な白色で、乾燥すれば無色になる。そのままでは柔らかいバ タ−のような固さだが、水でうすめて使用することもできる。染料店ではさまざまな箔糊 が売られているが、長年使用されているものがよい。江戸時代は天然のものをいろいろと 調整配合して使用していたが、それらはほとんど秘伝とされていたから製法がわからない ものが多い。また製法がわかってもなかなか同じようには作れない。箔下糊を金粉を接着 させたい部分にのみ置くことがまず必要だが、小さな面積ならば水でほとんどうすめずに そのまま筆で置いてもよい。糸目の輪郭ぴったりに置くために、ここではマスキング・テ −プを生地上に貼り、カッタ−・ナイフで糊置きする部分を穴状に切り抜いた。マスキン グ・テ−プは生地幅サイズのものが売られているが、貼りつけた時に下の生地がよく見え る半透明のものがよい。また、テープと一緒に生地表面の繊維を切ってしまわないように ナイフの扱いには気をつける。糊は指先に少しつけて生地上に置いたが、もっと大きな面 積では板ヘラなどを使うとよい。糊置きすればすぐにマスキング・テ−プを取り除き、金 粉を均質な粒子で振るための竹筒を用いてその内部に金箔屑を入れ、竹筒用の特殊な毛先 をした筆で竹筒の内部を叩いたり、あるいは底を擦ることで粒の揃った金粉を糊上に撒く 。そしてすぐに半紙などでそっと金粉を振り撒いた表面を押さえて、ゆっくりと紙を剥が す。この時、力を入れ過ぎるとせっかくの金粉が紙にくっついてしまう。そのまま数時間 経てば金粉は密着するので、生地上の余分な金粉を鳥の羽根やブラシで静かに取り除く。 その後アイロンで加熱すると接着性は高まる。竹筒は先端に網が被せてあり、この網目の 大きさによっても大小さまざまの種類がある。当然網目が細かいほど金粉は細かくなって 筒から振られる。金箔屑は金箔を作る際に正方形に切り取った、その周囲に残ったものを 集めたもので、それが入手できなければ正方形で売られている金箔をくしゃくしゃにして 筒内部に入れて使用するしかない。
 次に刺繍についても触れておく。刺繍はミシンで行なうものと手縫いがある。後者はわ ずかな箇所に施すだけで加工賃がかかるが、友禅染めの場合は留袖を除いてはさほど多く 刺繍をする必要はないであろう。たくさん施すほど豪華には見えるが、生地が厚くなるこ ともあって、長年の着用で刺繍糸が切れることも多い。あくまでも通常は彩色を施した上 に、それと同系色の糸を使ってその部分の立体的な艶効果として引き立てるためのと考え るのがよい。友禅の彩色と金泥や金箔だけではどうしても平板な印象になりやすいから、 よく使用される金駒や菅縫いなど、伝統的な日本刺繍の代表的なものを知っておく方がよ い。下絵段階で絵模様のポイントとなるどの部分に施すかを決めておけば、より効果的な 彩色ができるし、また彩色後に刺繍の外注に出す日程や工賃の予想も立てられる。刺繍は 針と糸、それに生地を張る刺繍台枠といった道具があり、ある程度の基本を学べば、自分 で出来ないことはない。彩色とは違って、失敗した場合は糸を取り除いてやり直すことも できる。しかし細い糸を糸目に沿って、あるいは生地目に沿って緻密に縫い込んで行くの は、彩色とは比べものにならない視力と根気を要する。それにもかかわらず、仕上がる面 積はごくわずかだ。ここで説明している振袖では濃い紫の地色と白い花との対比が主眼で 、刺繍を施すとしてもわずかににおい部分程度であり、そこは前述したように金粉を使用 したので、刺繍を施すべき箇所はないと判断した。


  21,ロ−伏せ
  22,ロ−吹雪
  23,地の彩色
  24,ロー・ゴム・オール
  25,湯のし、地直し
  27,紋洗い、紋上絵
  28,上げ絵羽
  29,本仕立て、納品
     1,受注、面談、採寸
  2,小下絵
  3,下絵
  4,下絵完成
  5,白生地の用意
  6,墨打ち、紋糊
  7,青花写し(下絵羽)
  8,糸目
  9,地入れ
  10,糊伏せ
  11,糊伏せの乾燥
  12,豆汁地入れ
  13,引染め
  14,再引染め
  15,蒸し
  16,水元
  17,彩色(胡粉)
  18,彩色(淡色)
  19,彩色(濃色)
  20,再蒸し
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