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 本振袖『四君子文』

●8 糸 目
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(図1)ゴム糸目の缶と筒紙。




(図2)青花の線を目安に
筒に入れたゴム糸目を引き置いて行く。




(図3)長い直線は定規を使う。


花は消えてしまうので、失敗と思える線をいくら引いてももかまわないが、糸目は染 め上がった最後に生地白の線としてくっきりと残るものであり、友禅の命と言ってよい重 要なものだ。この糸目によって文様の輪郭が決定される。また糸目が途中で微妙に途切れ ていたりすれば、その箇所で彩色の際に色が滲んではみ出てしまう。これは糸目本来の意 義からすれば失敗であり、後である程度は修正が出来るとはいえ、まず彩色に当たっては 色が糸目からはみ出さないことに最大の留意を払う。たくさんある友禅の各工程は相互に 関連しているものであるから、糸目を専門に置く職人も本来は絵心があり、また後の彩色 工程に問題が生じないように気を配ることが求められる。しかし、そうした才能がすぐに はなかなか得難いのが現実であり、そのためあり、また量産を考えて糸目をシルクスクリ ーン形の技術で行なう場合もかつては非常に多かった。つまり、下絵を元に写真製版を作 り、ゴム糊を生地上に型置きするのだが、その際にスクリーンからゴムが下がりやすいよ うに粘着度を少し落とす材料を含ませるため、糸目が太めになる欠点がある。そうしたこ とは素人にはわからないが、素人にわからなければプロが何をやってもよいというのでは 友禅界全体がやがて衰退に向かうのは明白ではないだろうか。量産物が別段悪いと言いた いのではない。そうしたものはそれなりに得意とする条件範囲内で最良の効果を目指せば よいのであって、すべてを手作業で行なうことによって必然的に生じる技術的効果をスク リーン型だ模倣することは、下手なパロディのような味わいが製品に潜みやすい。人の手 で1本ずつ引いて行く糸目の場合は、太い細いが自在にに調節可能で、糸目の線幅は本来 は模様の大きさや細かさに合わせて変化させるべきだ。ただただ細いからいい糸目である とは言えないから、型置きの糸目が全体に太く仕上がっても、それだけで型糸目が悪いと いうものでは決してない。だが、人の手を極力排して廉価を図ろうとする時、失うものも また確実にあると言わねばならない。黒子的存在の糸目は、分業生産が基本の京都の友禅 界ではかつては主婦のちょっとした暇をつぶすのに好つごうなアルバイトに多くの生産を 頼っていた時期があった。彩色とは違って広い作業場所も多くの道具も要せず、また作業 の中断も行ないやすい、いわば単純作業と言ってよいために安価な賃金単価に置かれてい たが、友禅作家を自称する人でも糸目を自分でこなしている人は稀であると言ってよく、 図案を描く人、あるいは彩色を専門にする人が簡単に糸目をこなせないことを考えると、 糸目職人の地位はもっと向上すべきと思える。
 糸目の道具は筒紙とその先端の内部と外部に取りつける真鍮製の中金(なかがね)と先 金(さきがね)だ。筒紙は柿渋を引いた和紙を円錐型に作ったもので、先端をはさみでほ んの少し切り取り、内部からは円錐台形の中金を押し込んで、その先端が1ミリほど筒紙 の先から覗くようにする。中金は大小のサイズがあり、通常は先が直径3、4ミリ程度の 穴が開いている。これにぴたりと外側で合う先金を被せるのだが、先金は新品状態では先 に0.1ミリほどの穴が開いていて,これでは糸目糊が出て来ないので、砥石や擦りガラ スのざらついた面などで先金の先端部を擦って穴を適当な大きさに広げる。長い間使用し ているとこの穴は少しずつ大きくなって来るので、そうなった場合には次の工程の糊伏せ 用の先金として使用し始めるとよい。通常、先金の穴の径は1ミリではやや大きい。〇. 5ミリ程度がちょうどよいと思うが、それより大きくても力の入れ具合や糸目として使用 する糊の粘度によって、糸目の太さはある程度は指の力の入れ加減で調節しながら作業を 進めることが出来る。とはいえ、穴が大き過ぎるとそうした調節も難しいので、なるべく 小さな穴にしておいて、太い線を引きたい場合は力を込めるようにした方がよい。また、 先金の尖り具合によっては糸目を引く際に生地によく引っかかることがある。そのたびに その箇所で糸目が必要以上に出て団子状になったりしかねないし、何よりも順調な作業の 気分が削がれる。そういうことのないように、先金は変な尖りがないように、砥石で表面 な滑らかに磨いておく。中金に関してはそういう心配は無用で、腐食して劣化しない限り 、長い期間の使用に耐える。それに比べて先金の消耗の度合いはもっと激しい。しかしさ らに消耗するのは筒紙だ。筒紙はざっと10種類ほどの大小の寸法が売られているが、長 さが12、3センチ程度のものが使いやすい。そして新品の状態よりも、ある程度使い込 んで紙質が柔らかくなった方が手に馴染む。ただしそうなった時にはすでにあちこちひど く折れ、その皺による小さな穴が開き始めていて、寿命が尽きる寸前となっている。柿渋 によって紙質に強度が保たれているのだが、この柿渋をごくうすく引いた筒紙も売られて いる。そうしたものは筒全体の色もごくうすいココア色で、全体が柔らかいため最初から 手によく馴染むが、やはり強度が劣り、消耗も早い。使い方にもよるが、1本の筒紙でだ いたい総絵羽のキモノ数点の糸目に使用出来る。しかしこれは当然個人差があるし、また 安価なものでもあるのでキモノ1点ごとに新品を使い続けるのもよいだろう。先金も同様 で、極力細い線にこだわって1点のキモノで数個を使い切る人もある。
 糸目の糊は江戸時代では糯米と糠、それに塩を加えて作る粘着性の強いものを使用して いた。現在も東京では本友禅と称してこの糊のみにこだわり続けている作家も多い。しか し、友禅において化学染料の使用があたりまえになって来た過程で、他の素材や薬品など も化学的なものが使用されるのは当然の成り行きで、それは省力化や利便性が最大の理由 でもあるが、その一方でそうした新素材を使うことで初めて可能になる複雑な表現を追求 するという作家の創作心も理由として存在していることは言うまでもない。特に京都では その精神が伝統的に盛んで、常に新しいものを求めるという先進性が友禅を多様なものに し続けて来ていると言ってよい。この点に視点を絞って現在の友禅ないし染色を論ずるだ けで、大部の本になるであろうが、ここはそうした染色の技術的本質に深く関係したこと を網羅的に述べる場所ではないので、とりあえずはひとつのサンプルとして筆者のよく使 用する技法、工程に沿って話を進める。さて、ここで説明する振袖は技術的に同じものは 決して生まれ得なかった。江戸期のように天然の染料を使用しないのであれば、何をもっ てして本友禅と呼ぶかは誰にも絶対的真理として決定できない問題であり、糯糊糸目を使 用しているからと言ってそれがそうでなき友禅より高度で本物であるといった保証はない 。諸技術間の優劣の判定は基準にすべきものによって変化するはずで、より新しい時代に 生まれた技術が古いものに比べて優れているか劣っているかは一概に言えないからだ。糯 糊糸目で細い線を引くのは簡単でもそれを最終的に同じ細い白上げの線として染め抜くの は困難で、後の地入れの工程で糸目が水分を含むことによって全体がふやけ、必ず幾分か は太くなってしまう。そうしたことを嫌い、また糯糊糸目では乾燥して割れたり、生地か ら剥がれたりすることもあり、京都ではよほどのことがない限りはゴム糸目を使用してい る。これは白い板状のゴムの塊を揮発油に漬け込んで溶かしたもので、適当な粘着性を保 たせるために松脂(まつやに)を混ぜている。缶詰したものが染料店で売られているので 、それを買って揮発油やベンジンを混ぜて自分の使いやすい粘土に調整する。当然、粘度 が低いと下方に筒を向けた時、先金から自然と垂れ出て来るので、ある程度握った筒紙に 力を加えないと出て来ない濃度にする。また筒紙内に入れたゴム糊は数時間経つと揮発分 が減じて粘度が上昇し、糸目引きの力の入れ具合が以前より強くしなければならないよう になって来る。こうなった時には、先金を外して中身を全部絞り出し、改めてまた新しい ゴム糊を入れ直して同じ程度の粘度の糸目を保つようにする。あるいは、前もって絶えず 少しずつ新しいものを適宜加えるかする。こうしたことはそこそこの熟練に達して初めて わかることであり、粘度を数値で示してゴム糊の補充時期を厳密に決定することなどは出 来ない。粘度の目安としては、糸目の表面が確実に生地より盛り上がって見える程度を思 えばよい。柔らか過ぎると筒紙をほんの少し絞っただけで糊が出るが、こうした状態で糸 目を引くと、糸目の表面が平らでしかも予想以上の線の太さに広がってしまう。指や掌に 力を込めるという表現はおおげさかもしれないが、それでも筒紙を握ることで指にタコが いずれ出来る程度には強く絞る粘度を思えばよい。また、ゴム糊は購入して缶の口を開け た時の粘度がだいたい最適に保たれていると考えてよく、それを参考にするとよい。
 ゴム糊は糯糊と違って水には溶けず、誤った糸目を引いてしまった場合、ほとんどそれ は修正できないと考えておいた方がよい。確かにゴム糸目は30秒もすれば表面は乾燥す るから、間違った箇所のうえに他のゴムの不要な塊をくっつけて引き剥がすことで、ある 程度は除去して目立たなくすることは出来る。そうしておいて綿棒に揮発油やベンジンを 含ませて除去した部分にわずかに残る糸目のゴム分を何度か洗浄してやれば、かなりのと ころまで糸目跡は消える。だが、そうした行為はミス以外の糸目にも揮発油が滲んでしま いがちであり、そうなればその部分の糸目がふやけて太くなってしまうし、あまりに綿棒 で何度も擦ると生地の光沢がなくなってかえってその部分の状態は悪化する。この糸目の 残留を容易に除去することが出来ないという点がゴム糊の難点で、彩色が終了し、最後に ゴム糸目をすっかり洗浄して除いた時に、糸目を施した箇所にわずかにゴムが残留してせ っかくの元の絹本来の光沢が戻らない。それほどにゴム成分が繊維内部に浸透してしまう のだが、そのことは実は彩色時に染料が糸目からはみ出さない効果の最大の担い手であっ て、この相反する条件の中で仕事がやりやすくてしかも仕上がりがきれいということの最 大効果を求めるしかない。ゴム糊は純度の高い洗浄剤で洗うほどきれいに除去できるが、 工場に依頼する場合は、洗浄剤がまだまっさらな間に運よく洗ってもらえるとは限らず、 ある程度のゴムの残留分は覚悟しなければならない。そうしたゴム糊の残留跡はあたかも 胡粉でうっすらと描いたかのような浮き上がりの線となって、せっかく本来は生地の艶と なって見える細い糸目が得られない。このことを嫌って糯糊糸目に固執する人もあるが、 実は糯糊も水でよく洗った程度では完全に除去は出来ず、ゴム糊のような絹の光沢は戻る が、わずかに糊分が付着してこわばった感じに仕上がることがある。これを完全に除去す るには糯糊を分解する酵素を水に混ぜて洗ったりするが、この酵素は水温がある程度高く なければ反応せず、また水温が高いとせっかく染めた部分の染料が流れ出して他の部分を 汚してしまうといった心配がつきまとう。さらには目に入れば失明の恐れもあったりする 薬品でもあるので、糯糊といえどもそれなりに扱いはやっかいなものだ。ただし、揮発油 といった引火性のものを使用してゴム糊を除去するということは家庭ではなかなかできに くいし、そのために難燃性の洗浄剤が売られているとはしても、そうした石油から抽出さ れる油類に拒否反応を示す人は少なくないだろう。
 ゴム糸目は前述したように乾燥が早く、次々と反物を巻き取って作業を進めやすい。乾 燥後は生地を手荒に扱っても糸目が他の糸目にくっつかない限りはまず剥がれることはな いし、糸目部分を強く折り曲げても何の支障も生じない。糯糊の場合はそうは行かないか ら、糸目作業はより神経を使い、生地上での掌の置きどころを絶えず考慮しつつ、絵模様 のどこから始めてどこで終えるかをよく考える必要がある。とはいえ筒を使用して望みの 線を引くという行為に慣れれば、ゴム糊も糯糊もどちらも同じ作業であるので恐れるには 足りない。ゴム糊は本来はそのままでは白色をしており、生地の上では目立たないから、 染料とは異なってそのままでは生地に定着しない顔料で色をつけて使用する。通常は群青 色の顔料を少し混ぜて全体を水色にしたものが販売されているが、前述のように顔料を混 入していない白色のものもある。双方を用意して適当に混ぜ、水色をさらにうすめて使用 するのもよい。ゴムを洗い流した後、その残留具合によって若干の青色が目立つことがあ るので、それをなるべく避けたいために白色のゴム糊を使用する人がある。そうした場合 は植物染料の蘇方の赤い液を混入するのが通例となっているので、糸目はゴム糊の場合と 違って赤く見える。もっとも、これも嫌う人があって無色で行なうこともある。また無色 とはいえ、ゴム糊とは違って糯糊ではうす茶色をしているため、生地上では比較的目立つ 。そのため、わざわざ蘇方液を混入する必要はないと言える。顔料の青やこうした蘇方液 は防染には何の効果もなく、あくまで白い生地上で目立ちやすくするためのものだ。
 ところで、この双方の糸目材料とも染料を混ぜることで糸目の仕上がりを無色ではなく 、その染料の色として表現することが出来る。この効果を「写し糊」と呼んで、基本的に 同様の方法は量産の型友禅の地染めなどには普通に使用される。糯糊ではそのまま染料液 を混ぜて全体をよくかき回して混ぜればよいが、ゴム糊の場合は水分が原理的には溶け込 まないので、染料の粉末をアルコールで溶いて混入する。しかし、こうした色糸目のゴム 糊は基本的な各色が製造されていて、染料店で入手が可能だ。アルコールで溶かずに染料 液をそのまま無理やりゴム糊に混ぜてかき回して作ることも出来るが、そうして作ったも のはかなりべたついて、糸目を引いた後の乾燥が大変悪く、粘度が落ちて扱いにくい。通 常の糸目の場合ならば、糸目相互がくっついて多少取れることがあっても補修すれば済む が、べたつく色糸目が生地の白い部分にくっつくと、その箇所が色として定着してとんで もない汚れになってしまう恐れも充分に予想して作業を進める必要がある。色糸目は特殊 な効果や通常の糸目の補助として使用するのが前提で、結局は白抜きで仕上がる本来の糸 目が最も美しく感じる。ただし、前述のようにゴム糸目の場合は完全にゴム分が除去でき ないため、染め上がった後に糸目部分に筆などで色を挿し、白抜き線をそっくりそのまま 色の線として表現したくなった時、糸目表面が水分をはじくあまり、なかなか思うように は作業が出来ない場合がある。そうしたことを考え、色の線として最終的に仕上げたい所 定の部分に予め色糸目を使用しておけばよい。だが、どのような濃度で定着するか必ず小 裂で実験してから作業をする。蒸しの工程で色糸目がどのような濃さで生地に定着するか なかなか予想がつかないからだ。また色糸目を使用した場合は、すべての糸目作業を終え た後、一旦生地を反物状に巻いて蒸しの工程に出す方がよい。というのは、糸目に混入し ている染料がそのまま乾燥しただけでは生地に定着しておらず、地入れなど生地が水分を 含んだ時にせっかくの細い糸目の際から混入した色が滲み出して糸目周囲の生地を染料で 汚してしまうからだ。だが、仮にそのように色が滲んだとしても、それを充分に隠すこと の出来る同系色のより濃い地色を引染めする場合には、地色を引いた後から蒸しをかけれ ばその段階で色糸目の色も同時に定着するから、糸目を終えた段階で蒸しにかける必要は ない。以上、思ったほど色糸目は扱いが簡単ではないので、使用するとしてもなるべく色 の濃度が低く、部分的な箇所にとどめる方がよい。
 糸目は用意した筒ひとつで、力の入れ具合によって太くも細くも引けるので、どの線も 均質の太さで表現する必要はなく、筆と同じように考えて、そのタッチを模することもよ い。あるいは製図のような無機的な均質の線にこだわってもかまわない。ここで説明して いる振袖では、文様とした平行線をたくさん使用しているが、そうした線はフリー・ハン ドで引けないことはないが、青花写しでしたのと同じように、定規を使用して糸目を引い た。この作業は生地に先金が引っかかったり、糸目が途中でよく途切れるので、慣れない 間は難しいかもしれない。糸目で比較的小さ目の正円を描くことが出来ればかなり熟達し た証と言えるが、何本もの平行線を定規を当てて引くことが出来るようになれば表現範囲 は広がる。また、糸目上がりと言って、後の彩色を前提にはせずに糸目の線上げ効果のみ を見せる表現もある。それを簡単に言えば、下絵を緻密に描き、それをそのまま全部糸目 で表現して、後は引染めを施すことで作業を終え、濃い地色上に白抜き線の絵を浮かび上 がらせるという方法だ。この場合に色糸目を適当に随所に用いると、白抜きだけではなく 、色の効果が加わってなおのこと多彩な仕上がりとなる。このように彩色を省略して糸目 の線上げ効果だけでキモノが仕上げられることもあるから、いかに糸目が友禅にとって重 要な工程であるかがわかる。また、糸目は青花の線をなぞって置いて行くが、最終的には 糸目の線が仕上がりとなるから、青花の線が気に入らなければそれをあくまで目安と考え て、どんどん変更してよいし、またそうすべきと言える。つまり、下絵、青花、糸目とい う3度同じ絵を描くことでキモノの絵模様のすべての線が仕上がるのであるから、最も力 を入れるべきはこの糸目ということになる。ただし、キモノの合口(縫い目相互にわたる 絵柄)がずれてしまっては困るので、青花どおりに引かなくてよい糸目とはいえ、そこに は制限と細心の注意が必要なことは言うまでもない。
 ゴム糊も糯糊もある程度は不純物が混じっているので、これを除くために細かい目の布 地で一旦漉してから使用する人もある。実際にやってみてすぐにわかることだが、筆で描 くように筒先を自由に操ることは出来ず、絶えず先金や中金内部の先に何かが詰まったり して思うほどスムーズに作業は進まない。その詰まり物は筒紙内部の和紙の剥がれたもの や、ゴムに混入していた微細な砂、時には溶けずに残っていた松脂の白い塊もある。さら に、先金から出にくくなることとは別に、筒内部への糊の補充にもこつを要する。空気の 塊が糊の間に入ってしまえば糊がうまく出なかったり、急ににたくさん出たりもする。ま た、糊を容器の中で混ぜる際にも空気が混じって泡になることがあるが、こうした空気は 必ず先金の穴、もしくは糊を入れた直後、筒底の開口部から抜きながら作業を進める。筒 の中にたくさん糊を入れ過ぎると、絞る際に糊を入れた口から溢れ出るので、ほどほどの 量にすることも大切だ。そうした糊の逆流を防止するために各自さまざまな工夫をしてい るが、開口部を折り畳んでしっかりとクリップで止めたり、あるいは折り畳まずに直径数 ミリ程度、長さ5、6センチの細くて真っ直ぐなしっかりした竹(紳子の折れたものを利 用してもよい)などを2本用意して、筒の開口部を少し下がった箇所を両側からはさみ、 その2本の竹の両端を紐などで強く縛れるのもよい。糸目の工程は視力を要するし、やり 直しが利かない緊張の連続を強いる作業であるだけに、1時間おきに10分程度は休んだ 方がよい。糸目作業の中断には、糊を全部容器に戻して筒内部を空にしておくこともよい が、そのたびに先金を取り外して内部をていねいに掃除するという大変面倒な手間を要す るので、糊を入れたままの状態で、水でぼとぼとに濡らした布巾などにくるんでおけば筒 紙の乾燥が防げ、一晩経っても内部の糊は同程度の粘度のまま保てる。ただしこの場合、 先金から糊がこぼれ出さないように、また先金から内部の糊が乾燥しないように、ゴム糊 の塊で先金先端を塞いでおく。夏期は筒紙の乾燥が早いので、作業の途中でも糊の入った まま筒全体を適宜濡らすのもよい。また内部の糊の粘度もすぐに高まるので、適当な粘度 の新しいゴムを頻繁に入れ換えなければならないこはともある。
 総絵羽のキモノとなると糸目作業だけで普通は1、2週間は確実に要する。作業の順序 としては着用時には隠れる八掛けや下前の身頃から始め、袖や上部の型や胸に移り、最後 に最も重要な上前身頃や袵を行なう。つまり、より手慣れた頃に最も目立つ部位を手がけ るという考えだ。ただし、合口部分は相互の生地の糸目を続けて行なう方がよい。こうし て全部の糸目を終えたとしても必ず見落としがどこかにあるものだ。一応はざっと見直し はするが、不思議なものでそうした仕事のやり残し箇所はなかなか見つけられないことが 多い。見落としの発見は糊伏せ(糯糊糸目の場合は彩色)の工程中にほぼ発見し尽くされ るが、その時に面倒でも糸目用の道具をふたたび持ち出して足りない箇所の糸目を補って おく。また、これは青花写しの段階で行なっていたことだが、合口部分ではお互いの生地 の縫い込みに入ってしまう部分に、お互いの絵柄を最低でも5分の幅は余分に描いておき 、そのように糸目も施すことにする。これは彩色でも同じで、縫い込んでしまってわから なくなるとはいえ、5分から1寸程度は柄を足しておく。こうしておけば、もし将来、よ り太った人用に仕立て直されたとしても、合口部で絵柄が足りなくなるということにはな らずに済む。太った、あるいは痩せた人用に仕立て直せば、当然合口でひったりと合って いた絵羽模様はずれてしまうことになるが、それでも太った人用に仕立て直した場合に柄 が途切れてしまって地色が合口から見えてしまうことになるよりかははるかにましだから だ。また、うすい地色の場合、柄に濃い彩色を施せば、仕立て上がった段階で縫い込み部 分の彩色の裏面の色がキモノの表地に透けて見えることにもなりかねないから、この縫い 込み部分における余分な柄つけは生地幅いっぱいにつけ足す必要はないどころか、余分が あり過ぎればかえって具合の悪いことにもなることに留意する。
 誤って糊で白生地の一部を汚した場合、それがせいぜい直径1、2センチ程度のもので あれば、なるべく簡単に糊を取り除く程度にする方がよい。完全に除去しようと思っても 、ゴム糊も糯糊もかすかに残るし、かえって生地を傷めたりして、染め上がった時に汚れ がひどくなる。したがって、もし糊で汚した時には、最小限度にその汚れを抑えるために も、生地上の余分と思える糊だけを取り去っておく。当然、この部分は地色を引染めし、 水で全体の糊を洗い流した後に白っぽい跡として残ってしまうが、地色の染液を少し残し ておき、その白くなった箇所に注意して筆で色を挿せばほとんどわからなくなる。あるい は地直し屋に依頼して直してもらうかだが、その時に地色を持参すればなおのこと地直し 屋の作業は簡単になる。ただし、地直し作業を依頼すれば、ごく小さな簡単と思える修正 でも時には1万円以上は請求されることがしばしばで、なるべく自分で汚したものは自分 で直すだけの地直しの技術は身につけたい。もし、糊で汚した部分がかなり大きい場合は 、反物の糸目を全部洗い流してからもう一度青花作業から始めるほかはない。ただし、こ の場合、以前の糸目の完全除去は無理と考えておくべきで、以前と同じ糸目の跡のうえに もう一度ぴったりと絵をなぞる作業をする。それは大変骨の折れることでもあるので、糸 目作業では細心の注意でもって他の部分を糊で汚さないようにする。


  1,受注、面談、採寸
  2,小下絵
  3,下絵
  4,下絵完成
  5,白生地の用意
  6,墨打ち、紋糊
  7,青花写し(下絵羽)
  9,地入れ
  10,糊伏せ
  11,糊伏せの乾燥
  12,豆汁地入れ
  13,引染め
  14,再引染め
  15,蒸し
  16,水元
  17,彩色(胡粉)
  18,彩色(淡色)
  19,彩色(濃色)
  20,再蒸し
  21,ロ−伏せ
  22,ロ−吹雪
  23,地の彩色
  24,ロー・ゴム・オール
  25,湯のし、地直し
  26,金加工
  27,紋洗い、紋上絵
  28,上げ絵羽
  29,本仕立て、納品
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