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 本振袖『四君子文』

●14 再引染め
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(図1)引染めが終わると、生地の傾き

をなるべくなくした状態で乾燥させる。


染めは1回で終えてもいいが、濃い地色の場合は用意した染液を2倍にうすめて2回に 分けて引く方が色むらを少しでも隠すことになるし、また反物の部位による引染め色の差 の発生する恐れを減少させることができる。2回に分けて引くというのは、1回目が完全 に乾いてから2回目を引くということで、もし1回目で充分に濃いと思えば2回目は希釈 し、また色相が思ったものと違うと感ずれば2回目では色を新たに作り直して引いてもよ い。引染めは地入れ液の濃度差や乾燥具合によって、張り木の両端で多少濃度に差が出る ことがある。1度引染めしたものを張り木から外して各部位の濃度を比較するなどし、こ うした濃度差の箇所を確認しておく。2度目の引染めの際の返し刷毛でその部位に心持ち よけいに染料を加えると、濃度差はかなり減少させることができる。そのように注意して いても合口の地色の濃度差がしばしば出るので、引染めに使用した染液のあまったものは 埃が入らないようにして容器に保存しておくとよい。彩色が終わった段階で、合口を合わ せてみて、地色の差があれば、その染液をもっとうすめて、小さなぼかし刷毛を使って少 しずつ色のうすい方の反物の地色に色を加えるという地直し作業をする。刷毛で色をかけ ればすぐにアイロンで乾かすという作業を何度か繰り返せば、やがて合口の地色はほとん どわからなくなるほどに同じになる。濃い地色の場合ほどこうした合口での地色の差は目 立ちやすいが、それを専門に直す業者もあって、その行為を「刷毛合わせ」と言う。刷毛 合わせは高価でもあるし、また思うほどぴったりとは合わせてくれないこともある。それ は地色がどのような染料の配合によっているかが他人にはなかなかわからないことが大き な原因だが、染液を少し残しておけば自分で直すことはさほど難しくはない。ただし、色 をうすめて保存しておくと腐敗して色の変化を起こすことがよくあるので、防腐剤を数滴 混入しておくとよい。
 柔らかめの糊で伏せた場合、豆汁地入れや引染めによって、せっかく糸目際ぴったりに 伏せた糊がわずかに模様内部へと後退する箇所が生じる場合がしばしばあるが、再度の引 染めの前にもしそうした糊伏せの減退箇所が見つかれば、ネバ糊で補修し、それが乾燥す るまだ待つ。ここで説明している振袖は同じ色を全体にわたって2回引いたが、再度の引 染めではたとえばキモノの裾部分だけぼかし染めしてもよい。この場合、同じ色でもよい し、また色を変えてもよい。ぼかし染めは、2色が全く色相が異なる場合は片方を引いて 乾燥を待ってもう片方を引くということはせずに、1回の引染めで同時に染め分ければよ いが、片方の色がもう片方の色を吸収した色である場合は全体を1色で引いて乾燥させた 後に、別の色を部分的に重ねて引く。こうして2回以上に分けて引いた方が全体にむっく りした色調となって感じよく仕上がる。不思議なことだが、1回で濃い色を染めるよりも うすい色を何度も重ねて濃くする方が味わいのある色となる。ぼかし染めをするにはまず 化学青花液でぼかし足の終わる区域を示す当たり線を引き、その線を中心にして霧吹きで 水を左右に最低でも10センチずつ程度撒く。すかさず染料を含ませた刷毛でその青花線 まで引染めして、刷毛でぼかしを整える。これが乾燥すれば、青花線を境に左側は前の地 色のまま、そして右側からは次第に重ねた色が現われ、それが霧吹きした10センチ程度 までの間で次第に濃くなるというぼかし効果が得られる。青花が消えずに残っていても蒸 しで消えるので心配はない。なお、青花を引く際、そのぼかし線を決定するのに戸惑いが ないようにするために、下絵を青花で写す段階で、下絵で描いていたぼかし線をも青花で 一緒に写したうえで、さらにその青花ぼかし線どおりに生地裏から2B程度の鉛筆で軽く なぞっておく。するとこの鉛筆線は引染めが1度終わった後でもそのまま残っているから 、その鉛筆線のとおりに青花でなぞってやると、その青花線は生地の表側にわずかに浸透 し、ぼかし線が生地表からでも見えることになる。つまり、後の工程で重要になる線は青 花では消えてしまうので、鉛筆を使って生地裏から軽く描いておく。こうすれば青花が消 えてもまた青花線を生地表に再現することができる。また、ぼかし線が反物長さ方向に対 して直角の場合はわざわざ生地裏から鉛筆で線を引かず、耳端両端に糸で縫い付けて印を しておけば、その糸印を結ぶ線がぼかし線となってわかりやすい。
 濃い地色はどの程度まで濃いのが可能かという問題がある。染料はある程度以上の濃さ に達すると、いくら色を重ねて引染めしても濃くは見えないし、またそういった過剰な染 料を生地に含ませると、蒸しの工程で色素が全部生地に定着せず、その後の水元でそれが 流れ出し、せっかく糊伏せした部分を染料で汚すことにもなる。引染めや彩色で過剰に染 まった部分は表面に玉虫のような照りができたりすることでわかる。そうした照りが生じ ない濃さまでに留めておく。もっと濃い色がほしい場合は一旦染めて蒸しと水元を済ませ てから再度糊伏せと引染めをする方がよい。引染めが終わって蒸しに出す前に、糊伏せ部 の生地裏から染料が浸透していないかどうか確認し、もしあちこち色が入っているようで あれば、抜染剤を混ぜた糊を作ってその浸透している箇所のみ筆や筒でていねいに置く。 糊剤はネバでもよいが、浸透性のよいトラカンドガムという黄土色の粉末を使う。これは 水を含むと半透明の粘り気ある糊になるが、この粉に等量か半分ほどのロンガリットとい う抜染剤の白い粉末を混ぜ、さらに水をそれらの粉末の半分ほど混ぜてよく練る。水の加 減は全体が半透明になり、ちょうどネバ糊程度の柔らかさになる程度だ。抜染剤のロンガ リットは特有の刺激臭があるので、部屋の換気にはよく気をつけ、必要量を取った後の保 存瓶は蓋をすぐにして水気を絶対に加えないようにする。そうでないとすぐに化学変化し 、瓶内部全体が湿って使用できないようになる。作った抜染糊は2、3時間以内に使用す ることが望ましい。ネバとは違って浸透性があり、また乾燥しにくいので、糊が必要以外 のところにこびりつかないように注意する。抜染糊をつけた箇所にはおがくずは撒かず、 一晩置いた翌日中に必ず蒸しをする。あまり時間が経ち過ぎると抜染の効果はなくなるか らだ。引染め地色の蒸し過程で、この抜染糊による効果が出て、糊伏せ部分に浸透した染 料はきれいに抜けてくれる。ネバ糊とは違って水分を含んだトラカンドガムは独特のいや な感触があって、しかもなかなか乾燥しないので、厚く盛らず、しかも必要最小限の範囲 とする。そのため、たいていは耳かきで数杯といった程度の量で充分だ。抜染剤が少なけ れば色があまり抜けず、過剰に入れると抜染糊の部分を越えた範囲にまで色が抜けてしま うので、なかなかこの抜染糊の効果を完全に統制するのは困難だ。そのため、引染め、蒸 し水元が終わり、次の彩色の前にこれら模様部を生地裏から汚した格好になっている箇所 をまとめてもう一度抜染剤で抜く必要性も時には生ずる。それはもう一度蒸し水元をしな ければならず、大変な手間を要する。したがって、失敗は手直しができるとはいえ、それ は最悪の事態の非常手段として考え、最初から染料の糊伏せ部への浸透が起こらないよい に、入念に地入れと染液作りをする。
 引染め後は地入れの時と同じように生地を長さ方向にも幅方向にも水平を保ち、部屋の 両側に窓があれば風を通して乾燥させるとよい。電熱器やスト−ヴで順に乾かすことは避 ける。また、部屋に風を通すと、どちらか片側が早く乾燥し、そのことで部位のよっての 地色の差となる可能性も否定できないので、界面活性剤を入れた時などはなるべく部屋を 締め切ってじっくりと乾かす方がよい。天気のよい日に戸外の日陰で作業が出来るのであ ればそれでもかまわない。糊がぱりぱりになってすぐに折れてしまう程度には乾燥させず 、なるべく染料が乾いた後すぐに張り木から外して一巻きの反物の状態に縫い合わせる。 一方、小張り伸子は染料で先が汚れているので、まとめて色を抜いておく。そうでないと 次回に使用した時、地入れ段階で生地耳に色が染まってしまう。色を抜くには抜染剤のハ イドロサルファイトの白い粉末を小さじ一杯程度を500CCほどの熱湯に入れ、そこに 伸子の束を浸すと数秒で消える。色を抜いた後、伸子全体をよく水洗いする。伸子の先端 だけではなく全体に色で染まった場合は、ハイドロサルファイトを入れたホーロー性の底 の浅い長方形のバットに伸子全体を浸して数分間熱湯に浸す。ハイドロサルファイトは非 常に臭くて、湯気を吸い込むと喉を痛めるので、必ず充分な換気をしながら色抜きをする 。ハイドロサルファイトの瓶詰め容器には濡れたスプ−ンを絶対に使用せず、必要分を使 った後は即座に蓋をしっかりと締めて保存する。色抜きの終わった伸子はなるべく束ねた ままにはせずに、ばらばらに広げた状態で速やかに水分を飛ばしてから保管しておく。水 気が残ったまま缶などに入れておくと、竹の内部や外側に黴が生えて脆くなり、すぐに折 れるようになる。また、そうでなくても小張り伸子はしばしば折れたり、針が取れたりす るので、数十本単位で購入して普段から不足のないようにしておく。


  6,墨打ち、紋糊
  7,青花写し(下絵羽)
  8,糸目
  9,地入れ
  10,糊伏せ
  11,糊伏せの乾燥
  12,豆汁地入れ
  13,引染め
  15,蒸し
  16,水元
  17,彩色(胡粉)
  18,彩色(淡色)
  19,彩色(濃色)
  20,再蒸し
  21,ロ−伏せ
  22,ロ−吹雪
  23,地の彩色
  24,ロー・ゴム・オール
  25,湯のし、地直し
  26,金加工
  27,紋洗い、紋上絵
  28,上げ絵羽
  29,本仕立て、納品
     1,受注、面談、採寸
  2,小下絵
  3,下絵
  4,下絵完成
  5,白生地の用意
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