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 本振袖『四君子文』

●13 引 染 め
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(図1)豆汁地入れが充分乾燥してから

地色を引染めの作業に移る。


染めが行なえるほどに地入れが乾燥すれば、仕立てて隠れる脇などの糊伏せ部分に2、3 滴の水を垂らしてみる。2、30秒して生地裏から見て、その水の浸透具合を確認する。 もし水が糊際より内部の模様部分にわずかでも染み込んでいるのであれば、地入れは完全 ではなく、引染めの染料は確実に同じように生地裏面から模様部に入り込む。これは後で 伏せ糊を落とした場合、生地表からは思ったほどでもない濃さにしか見えないこともあっ て、それは濃い彩色で隠れてしまうからいいようなものだが、どうしても別系統のうすい 色を挿したい時には、糸目際が混色してきたなく見えてしまうことを避けられない。そう したことから、できれば生地裏からの引染めの浸透は可能な限りは防止したい。地入れが 不完全な場合は、そのままもう2、3日待って豆汁の効果を上げてもいいが、だいたいは あまり変化はない。それでもう一度ややうすめの地入れ液を作って同じように刷毛で引く 。しかし、このようにしてあまりに地入れが濃くなると今度は逆に裏面に色が行かないの で気をつける。地入れも染料の引染めも、うすいものを何度でも重ねて濃く出来るが、逆 に濃くなり過ぎたものをうすめることは出来ないことをよく知ってあせらずに作業を進め る。引染めは地色をむらなく裏面にまで染め、模様部分に浸透させないのが理想だが、生 地裏面にまでよく浸透させるさせるには地入れがあまり効きすぎても行けないから、なか なか地入れ液と染液の兼ね合いは難しい。染めむら防止のために、染料に浸透剤や均染剤 を入れることもしばしばだが、これがせっかくの地入れ効果を減じることにもなり、前述 の水滴を少々垂らして浸透具合を確認する際、しっかりと糊際で水気が留まってはいても 、実際の引染めでは色が入ってしまうことが往々にしてある。そのためにも地入れがしっ かりと効いている必要がある。
 染料は絹用の酸性(デルクス)を使用する。この染料は羊毛やナイロン、皮革によ使用 される。現在販売されている化学染料は約10種類があり、大半は木綿や麻、レ−ヨンを 染めるためのものだ。酸性染料は30色ほどが売られているが、基本的な7、8色もあれ ば間に合う。メ−カ−によって色の名前は違うが、臙脂色(うすめるとピンクになる)、 赤(フ−ロンと言う。濃い朱色)、黄色(橙色に近いものもあるが、レモン・イエロ−が よい)、青緑(エメラルド・グリ−ン。ミ−リン・グリ−ンと言う)、青紫、それに茶色 と黒があれば、ほぼどのような色でも混ぜ合わせて作ることができる。茶色は色を渋くす る場合に役立つが、なくても他の色を混ぜてできる。黒も同様に補色関係にある2色を中 心にあれこれと濃い別の染料を混ぜると、そこそこ作り出せるが、ストレートに黒い単色 があると何かと便利なので揃えておく。染料は通常は粉末で売られている。容器の蓋を開 ける時は風に注意し、絶対に白生地の近くでは扱わない。風で吹き飛ばされた微粉が生地 につけば、目には見えなくても、蒸した段階で色が出て来る。そのため染液を作るのは炊 事場など水回りのよい場所で行なう。染料は使用頻度にもよるが、ホーロー製のカップな ど、そのまま加熱することができる白い容器に保存するのが便利だ。200CC程度が入 るものの中に半分ほど湯を注ぎ、小さじ3、4倍ほどの染料の粉を入れてスプ−ンで静か にかき回して溶かす。次にカップを弱火で熱し、沸騰する手前で止める。これは100度 にまで加熱する必要がないことと、沸騰すれば一瞬のうちにカップの外に染液が溢れ出て しまうからだ。冷ました染料はそのままで長期間持つが、場合によっては染料に増量剤が 混入されていて表面に青かびの塊が出来ることもある。そういう場合は、それを取り除い てもう一度水を加えて加熱しておく。さらに長期間そのままにしておくと水分がすっかり なくなってしまうが、その場合はまた水分を補って加熱すればよい。しかし、なるべくそ うならない間に使い切る方がよい。上記のようにカップに作った染料は原液であるので、 そのまま引染めに使用するものではない。原液をそのままうすめるとかなり彩度の高い派 手な色であり、キモノの染色には不向きと言える。染料は蒸しの工程で生地に定着して本 当の発色をするが、必ずそれはより鮮明になるので、渋めと思っている色でちょうどよく なると考えてよい。あまった絹の白布を用意して、それを色作り専用の試し裂地とする。 慣れない間は染液を大きな面にまで広げて塗って確認しがちだが、熟練するとわずか直径 1センチほど色をつければ確認できる。あるいは試し裂がなくても、染液の色や透明具合 を見るだけでどのような色かがわかるようになる。
 引染めに使用する染液の容器はやはり白いホーロー製のものが色がよくわかってよい。 筆者の使用しているものは直径18センチ、高さ9センチで、これにぎりぎりまで入れる と2リットル少々入るが、ぎりぎりまで入れると刷毛を浸すと染料が溢れてしまうので、 だいたい8割程度の深さまでとする。この程度の量で4丈ものを1反染めるのにちょうど の分量だが、余裕を見てもう少しだけ用意してもよい。容器に水を半分ほど入れ、そこに 原液をスプ−ンで少しずつ入れ、目的の色を作って行く。たとえば青い地色にする場合は 、先の青緑をまず入れ、次に青紫を混ぜる。これだけでもかなり目的の色に近くなるが、 そこにほんの少し茶や黄、赤も混ぜる。つまりどのような色であっても補色となる色をほ んの少し混ぜることを心がける。友禅で使用するどのような色でも他のすべての色が混じ っていると考えた方がよい。たくさんの原液を混ぜるほど彩度が落ちて灰色や黒に近くな るが、ほんの数滴であればそれが微妙な渋さとなって色が落ちつく。試し裂のうえで何度 も繰り返して色を確認すればよいが、夜に蛍光灯の下で色作りをすると自然光の中で見る のとはかなり色相が違ったものになるので、必ず自然光の下で色を確認する。できあがっ た色は刷毛で生地上にたっぷりと引くと濃度があがることが多く、ややうすめを用意する 方がよい。というのは、前述のようにもし引染めして乾燥したものがうすければもう一度 引染めすればよいが、濃く染まった場合はもはやうすくすることはできないからだ。また 、色が蒸しで鮮やかになることも計算に入れておく必要がある。緑や紫は派手になる傾向 が強いので、かなり思い切って渋めに作っておいてちょうどよい。どのように発色するか が不安な場合は、小さく染めた裂を紙に包み、割り箸の中央から糸で吊るしてその割り箸 を蒸し器の中に差しわたし、蒸しの水滴が裂にかからないようにした状態で蒸しを20分 ほどすればよい。小さな裂の場合は1時間も行なう必要はない。
 染液ができると刷毛で順に引いて行くが、刷毛を地入れの場合と同様に予め水の中に数 時間浸しておく。刷毛はできれば色ごとにあった方がよく、2、30本ほど揃えるのが理 想だ。しかし高価でもあるので、赤、黄、青、黒用の4本を最低限度として所有すればよ い。使う前に水に浸しておくと、前の引染めの色はほとんど流れ出してくれるから、よほ どうすい地色を引かない限り、以前の色が刷毛から滲み出して悪影響を与えることはない 。染料は色によって浸透速度が違うため、うすい染液ほど混合した色が分離しやすく、ど れほど素早く刷毛を動かそうと刷毛むらが生ずる。こうなった場合は濡れている間に氷酢 酸水を引けば直る場合があるが、最初からそういった事態を避けるようにした方がよい。 試し裂に色をつけた時点ですぐに色むらが生じるかどうかはわかる。それは染料の浸透際 が中央部とは明らかに色が違うように滲みが拡散して行くからだ。それを防止するには界 面活性剤を数滴から数CC混ぜるとよい。これは洗剤の原料でもあり、混ぜてかき回した 瞬間は少し泡立つ。界面活性剤を使用すると浸透性が増し、生地裏もよく染まるが、乾燥 が遅くなることもあって糊伏せ部分に色が浸透しがちとなる。これが非常に困るところで 、刷毛むらを防ぐために今度はせっかくの糊伏せが台なしとなる。このため、界面活性剤 の使用は極力少なくした方がよく、またなるべくうすい地色の限ることにする。濃い地色 の場合は刷毛むらが仮にできたとしてもほとんど目立たないから、界面活性剤はごく少量 でよい。引染めの要領は地入れと同じで、張り木に張った分を引き終えた後はすぐに最初 に戻ってもうもう一度染料をつけずに空刷毛で濡れた部分を素早く撫でて生地全体の染ま り具合を整える。この返し刷毛は、糊伏せの際部分は染料の水分によって柔らかくなり始 めているので、あまり強く擦らないような気持ちで行なう。生地の表は糊伏せされている ので、刷毛は地染めする部分も糊伏せ部分もおかまいなしに全面に染料を引くが、地入れ の場合とは違って生地裏を刷毛でなぞると、糊伏せ面裏側の白地として仕上がる部分に染 料をつけてしまうので、裏側に染料があまり浸透していない場合のみ、しかも比較的広い 無地の場所を糊際を避けながらゆっくりとていねいに行なう。それでは裏側は表とは違っ て部分的に引染めした格好になるが、表から見た場合はそれはわからず、しかも裏引きし ない場合より深い地色となる。刷毛の毛はしばしば生地上で抜けるので、できるだけ濡れ ている間にピンセットでつまんで取り除いておく。毛についている以前の濃い染料が新た に引いた地色の上で滲み出すことがあるからだ。うすい地色の場合はこれがとんでもない 色のシミとなる場合がある。


  6,墨打ち、紋糊
  7,青花写し(下絵羽)
  8,糸目
  9,地入れ
  10,糊伏せ
  11,糊伏せの乾燥
  12,豆汁地入れ
  14,再引染め
  15,蒸し
  16,水元
  17,彩色(胡粉)
  18,彩色(淡色)
  19,彩色(濃色)
  20,再蒸し
  21,ロ−伏せ
  22,ロ−吹雪
  23,地の彩色
  24,ロー・ゴム・オール
  25,湯のし、地直し
  26,金加工
  27,紋洗い、紋上絵
  28,上げ絵羽
  29,本仕立て、納品
     1,受注、面談、採寸
  2,小下絵
  3,下絵
  4,下絵完成
  5,白生地の用意
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