『工程』トップへ



 本振袖『四君子文』

●7 青花写し(下絵羽)
下の写真はクリックで拡大します。


(図1)ガラス机の下からライトを当て、
所定 の下絵の位置にぴったりと
重ね置いた白生地上に、
青花で下絵を全部写し取って行く。


絵と白生地が用意できると、その下絵を白生地に写し取る工程に移る。ガラス机の下か らライトを当てて下絵の線描が生地下から透けて見えるようにし、生地に青花を使用して 筆で順次写して行く。これは墨打ちを施した反物にそのまま順に適宜所定の下絵を写し取 る方法だが、それとは別に墨打ちした生地を墨打ち箇所にしたがって全部裁ち、本仕立て と同じ寸法で後でほどきやすいようにざっと荒く仮縫いした白生地のキモノ状態(これを 下絵羽と呼ぶ)のうえに写し取る場合がある。ただし、ここで説明するのは前者の方法だ 。それは下絵羽屋に出す手間を省くためでもあるが、下絵羽状態で図案を写し取ることは 、縫い目では生地が重なっていることもあって、なかなか下絵どおりにはぴったりと写し 取れない理由による。また今では下絵羽を上手にしてくれる専門の縫い手が激減したため 、なかなかすぐには下絵羽が出来上がらないことも理由のひとつだ。下絵羽は仮縫いであ るので、青花で絵を描く際に必要な最小限度の縫い方をするが、本仕立て同様に絵羽とし ては正確な寸法で縫うものであるから、かなり重要な工程であるのは言うまでもない。か つては下絵羽屋が墨打ちも含めて行なっていたが、和裁の出来る人であれば下絵羽は決し て難しくはない。下絵羽に青花で図案を描き終われば、縫い目を全部ほどいて 、縫い込 みに入る部分にも青花で絵を描き足し、それが全部済むと次の工程に便利なように襟袵な どは元の反物の形に縫い合わせる。生地を裁たずに最初から反物状態のまま青花写しをす る場合はそうした縫い合わせをする必要がないので手間は省けるが、その代わりにもし墨 打ちや青花写しの場所が間違っていても気がつきにくく、そのまま最後の染めまで完成し てから絵羽が合わないといった恐れがつきまとう。下絵羽のようにまず最初に完成時と全 く同じ形に縫い上げてそこに青花で絵を描くのであれば絶対にそうしたとんでもない間違 いが生じないから、本来は下絵羽をすべきであると言える。また、下絵羽をした場合、下 絵をキモノと原寸大の紙に厳密に描いてそれを写し取るということはせず、いきなり下絵 羽状態のキモノを広げて、まずうすい青花で全体の当たりをつけ、次に濃い青花で細部を 描き込んで行く場合がある。と言うより、むしろこの方法こそが手描き友禅の本流である と言える。これはキモノ絵付けの熟達した才能を要する行為であり、絵としての勢いが生 まれるうえ、全く同じようには二度と描けないので、本当の意味での一品制作もの言える 。ただし、逆に考えると、雑なあるいは手慣れ過ぎて月並みな下絵のままに仕上がる可能 性も高いとも言える。また、下絵羽したキモノにぶっつけで下絵を描く方法ではもはや不 可能なかっちりとした製図的な下絵を望む場合、紙に描いた下絵にぴったりと反物を密着 させて図案を写し取る方法がどうしても必要となる。ここで説明する振袖の場合は、ミリ 単位に決定した数十センチに及ぶ平行な直線が図案中に存在するので、そうした線を生地 に写すにはかえって下絵羽状態では具合が悪い。定規を使用して下絵どおりに寸部違わず 線を引く必要があるからだ。下絵羽状態のキモノというものは想像以上に生地があちこち 動いたりして、所定の位置に生地の部分をぴたりと置くことは非常に困難だ。どのような 下絵であるかによって下絵羽上にいきなり描くか、それとも反物のまま写し取るかを選択 してもよい。また、下絵羽のいいところは青花描きが完成すると、着用者にそれをまとっ てもらって模様の配置具合を完成作と同じ構図として吟味できる点だ。反物で写した場合 でも、それを一旦全部裁って下絵羽として縫えば同じことがかなうが、普通はわざわざそ こまではしない。しかし、ややこしい構造をしている襟周りにたくさんの絵羽模様をつけ たい場合、反物の状態で全部の図案を青花で写すことには不安もあるため、襟や袵上部の 剣先部分付近の青花描きのみはやはり下絵羽してから念入りに描くこともよい。こうした ことはキモノの模様の寡多やあるいは作者の考えによって異なることであり、ケース・バ イ・ケースで対処すればよい。ただし、いずれにしろキモノの構造や着用時にどのように 見えるかといった空間的な図案配置の能力は必要で、平面的な絵画としてのキモノがまと われた段階で立体的な絵に変化するという二面性を常に意識して着用者に似合う絵柄を染 め上げる必要があることには変わりはない。これは自作のキモノが実際に着用されるとい うことを数多く経験して能力を少しずつ高める以外に方法はなく、その意味でもキモノ作 家に若い天才が生まれる余地はないと断言してよい。
 青花に使用する筆はどんなものでもよい。ただし、必ず専用のものを備え、他の筆との 共用はしないことにする。青花は水で消える青い液で、露草から抽出した青い汁を和紙に 何度も染み込ませた青花紙とは別に化学的に作った青い液体がある。後者は化学青花と言 って、瓶詰の濃縮された濃い液を適当に水でうすめて使用する。かつてはよく消えずに問 題もあってが、今では誤った使い方をしなければまず消えなくて困るということはない。 前者の青花紙は化学青花に比してかなり高価で、しかも保存があまり効かず、今ではめっ きり生産量も減っている。白生地に青花で描いたものは結局は消えるべきものであるので 、自然の青花紙でも、また化学青花であっても、要は後の工程に便利であればどちらでも かまわない。皿に移して適当にうすめて使用した化学青花は腐敗しやすいが、乾燥すれば 茶色に変化している部分があっても月日を置いての再使用ができる。水でまたうすめても よいし、濃い液を足して使ってもよい。天然の青花は水では消えにくく、また完全に消え ていないものをそのまま蒸すと、化学青花とは違って消えずに生地に定着してしまうので 、化学青花の方がはるかに便利と言える。ただし、化学青花で描いたものは濃度にもよる が、通常は2、3週間経てばかなりの部分が消えてしまうので、次の糸目の工程にはすぐ に移り、しかもなるべく短期間で仕上げてしまうようにする。生地に下絵図案を写し間違 った場合は、わざわざ水で消さなくても、後の地入れなどの工程で簡単に消えてくれるの で、間違った線に×印などを加えて糸目の際に間違わないように目安にする。生地は水で 収縮するので、間違った青花描きの箇所を水で消して新たに描くと、絵羽模様の合い口部 分の場合で絵が合わないといった結果を招くことにもつながる。また、化学青花は蒸気を 当てるとすっかり消えるので、間違った青花を消すには蒸気アイロンで蒸気を当てるとよ い。ただし、これは比較的広範囲な部分を消す場合に限るし、生地の伸縮も生ずるので、 めったに行なわない方がよい。また水に漬けて反物全体の失敗した青花を消すという手段 もあるが、この場合は生地の乾燥後に湯のしに出して、元の新品の反物状態に戻す。前述 のように天然の青花は水で消えるが、蒸気を当てるとかえって染料と同様に生地に定着し てしまうので、糸目やその後の地入れ段階で生地に霧吹きなどで水分を含ませ、裏面から タオルで拭き取るなどして目立たないように消しておく。生地に下絵を写し取り、それが 次の糸目の肯定の目安にさえなればどんな液でもいいが、後できれいに消えてくれるもの となると現在のところはこの青花しかない。また、青花ペンと言って鉛筆のような形とサ イズのフェルトペン・タイプの商品が出ているが、これは得られる効果は同じで、筆に慣 れない場合は便利かもしれない。
 青花で写し取った下絵の線をなぞって糸目を置くのであるから、青花写しの工程を省い てそのまま下絵の線に沿って糸目を引いてもよい。ただし、この場合は下からライトを当 てたガラス机のうえに、下絵の所定位置に生地を置いた状態を順次固定を保ちつつ体の向 きを移動させながらの作業となるから、かなり面倒で不自由な体勢となり、熟練を要する 。それに一旦置いた糸目は青花とは違ってもはや簡単には消すことが出来ず、失敗した場 合に修復するすべがない。そうした危険性を考えれば、手間がかかってもまず青花液で写 し取り、その後に自分の体勢は固定しながら生地をあちこちの向きに回しつつ、その青花 線に沿って自由な体勢で糸目の作業をする方がよい。これは青花写しが実質的に2度目の 下絵描きの工程で、3度目としての下絵描きに糸目の工程がある方が、より完成された線 が糸目として期待できることでもあるので、青花写しは無駄のように見えて実際は絵の完 成度の側面から大いに意味がある。下絵を完璧に描いておくに越したことはないが、完成 作としての線描は糸目で決まる。つまり、糸目の線がよければ下絵が雑に描かれていても 一向にかまわない。青花や糸目の工程従事者が下絵製作者と異なって、下絵に存在する微 妙な線の流れや勢いを理解しない場合、下絵より劣った線描の絵が完成作となるが、下絵 を描く者がその後の工程も一貫して行なうのであれば、下絵に完璧さを期さなくてもよい 。とはいえ、現実には下絵を第三者が写しても迷いの生じないようなしっかりした線で描 くことが好ましい。そうして入念に描いた下絵を青花写しの段階で微妙に修正し、さらに 糸目の工程で微調整しながら線を引くのであるから、そうして出来上がるものが下絵以上 の完成度を保つことは言うまでもない。しかしこう言ってしまえば、下絵を繰り返しなぞ ることで、かえって下絵当初の迫力や勢いのある味が失われるという意見が出るかもしれ ない。そうしたことも考慮しての真剣な糸目作業をすべきであることは言うまでもない。
 青花で写す時に留意すべき点は、前項で少し触れたが、生地の伸び縮み、特に長さ方向 のそれにどう対処するかだ。地紋のない縮緬系の無地ではなかなかこの伸縮はわからない が、地紋があれば簡単に1反内における各所でどのように伸縮の差があるかが計測できる 。ひどい場合はある箇所で50センチの地紋繰り返しの長さが別の箇所では55センチと いったような極端な差となっていたり、また生地の左右端で伸びの差がある場合も珍しく ない。そうした伸縮の差のない白生地状態にするためには湯のしにかけることがよいが、 それでも完全に直らないことはしばしばだ。その完全に直らない伸縮のままで最後の染め が完成して仕立てに回るのであれば問題はないが、引染めや水元の工程でこうした伸縮は ほぼ完全に是正されるから始末に悪い。つまり、白生地段階で生地の伸縮率の差がないこ とを想定して青花写しを行なわないと、最終段階の仕立てでせっかくの絵羽模様が合わな かったり、また無理やり片方の生地を引っ張って仕立てるなど、柄合わせにきな困難が伴 う。その意味で青花写しは生地の伸縮具合を判断しつつ、ある箇所では生地を引っ張り気 味に、また別の箇所では随分と弛ませて行なう。こうした際の目安になるのが地紋の繰り 返し寸法だ。たとえば身丈を4尺5寸に墨打ちした振袖の前身頃に紗綾形が、生地の長さ 方向に40個並んだとすると、後身頃でも同じ40個を取り、それが仮に4尺6寸や逆に 短い4尺4寸であってもあくまで地紋の数を優先して墨打ちを施す。というのは、同じ地 紋の個数であるのに長さが異なるのは、どちらかの身丈が伸縮しているのであって、最終 的な染め上がりでは同じ個数で同寸法になるからだ。縮緬などの無地織りの生地の場合は 、長さ方向の伸縮はわからないが、幅の差はわかるので、もしあちこちで3、4分程度以 上の幅の差がある場合は、一度生地を全部水に浸して乾燥させ、それから湯のしに出すこ とにする。湯のしの際に幅出しと言って、織られた当初の生地幅といったように均一な幅 に整えてくれる。また、幅が一定ではあっても、生地目が耳端に対してどの箇所でも直角 ではなく、かなりたわんでいる場合がある。この場合はたわみを手で真っ直ぐに強制し、 文鎮などの重みで押さえながら青花写しを行なう。紙に写すのとは違って、柔らかくぐに ゃぐにゃし、しかもあちこちで伸縮に差があるかもしれない生地を扱うのはかなり神経を 使うが、これは総絵羽のキモノの場合に特に言えることであって、裾たけに柄のある留袖 の場合ははるかに気は楽だ。必要分より1、2寸程度長めに寸法を取っておけば、仕立て 段階で左右の身頃の長さに差があっても、背中の無地部でどちらかをより縮めて縫うこと により生地の伸縮率の差の問題は解消できるからだ。ここで説明している降袖の場合は、 厳密に身丈を決め、その身丈いっぱいに絵柄を置くので、もし左右の身頃の長さに差があ れば縫い目で柄が合わなくなり、衣桁にかけた際に一幅の絵としての完成が見込めないこ とになる。


  1,受注、面談、採寸
  2,小下絵
  3,下絵
  4,下絵完成
  5,白生地の用意
  6,墨打ち、紋糊
  8,糸目
  9,地入れ
  10,糊伏せ
  11,糊伏せの乾燥
  12,豆汁地入れ
  13,引染め
  14,再引染め
  15,蒸し
  16,水元
  17,彩色(胡粉)
  18,彩色(淡色)
  19,彩色(濃色)
  20,再蒸し
  21,ロ−伏せ
  22,ロ−吹雪
  23,地の彩色
  24,ロー・ゴム・オール
  25,湯のし、地直し
  26,金加工
  27,紋洗い、紋上絵
  28,上げ絵羽
  29,本仕立て、納品
最上部へ
前ページへ
次ページへ
 
『序』へ
『個展』へ
『キモノ』へ
『屏風』へ
『小品』へ
『工程』へ
『雑感』 へ
『隣区』へ
ホームページへ
マウスで触れていると自動で上にスクロールします。
マウスで触れていると自動で下にスクロールします。