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 本振袖『四君子文』

●12 豆汁地入れ
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(図1)豆汁を引いた直後


汁(ゴジルまたは単にゴと言う)の地入れは引染めに劣らず大事な工程で、乾燥むらが 生じればそのまま引染めの地色の差となって現われてしまう。そのため乾燥器を使用して 部分的に順に地入れ部分の濡れを乾かすことは極力避けた方がよい。糊伏せの乾燥を急い でもその後の地入れでまた生地が濡れるから、糊伏せも自然乾燥させるのがよい。だが、 数日間も糊が乾かないような悪天候が続いている場合、糊を電熱器やスト−ヴなどで順次 炙って乾燥させてもかまわない。ただし、その後すぐに地入れを行なうと、空気中の湿気 によって糊に混入している塩が糊の表面に吹き出し、その一部がまだ乾かない地入れ溶液 に滲み混じって糊伏せ面際から1センチほどの白生地上に、はっきりと目でわかる程度に 塩の輪郭を描いてしまう。こうなったものをそのまま引染めすれば、塩が吹き出した部分 は色が濃く仕上がり、もはや直すことは不可能になる。そこで、もしそうした塩分の輪郭 ができてしまった場合は引染め前に水分を少し含ませた綿棒でゆっくりと塩分を拭い取り 、水に濡れた生地部分をすかさずドライヤ−で乾燥される。それは神経を使う細かい作業 であり、また総絵羽の場合は数時間程度では済まない。それに塩が吹き出した箇所は生地 と同じ白色であるので見えにくく、完全除去はとうてい不可能であるから、どうしても引 染め後にむらが残ってしまう。このように、地入れのタイミングは天候任せのところがあ り、他の工程とは違って仕事を遅らせることが多いので、梅雨時の受注は日数の余裕を見 ておく。
糸目の地入れは糸目糊を生地裏に浸透させて防染効果を高めることにあったが、豆汁の 地入れもある程度は同じ効果を目的にする。乾燥した30粒ほどの大豆をカルキ抜きした 水に一晩漬けて柔らかくし、ミキサ−やすり鉢で砕いた後、綿布で濾して液を絞る。これ は豆腐づくりの豆乳と同じものだが、濃度はもっと低くする。豆汁は染料店で大豆をその まま粉末にしたもの袋詰めして販売しているのでそれを使用すると手っ取り早く作れる。 また、この豆汁粉には2種類あって、より高価な精製した白い粉もあり、この場合はその まま水に溶かして使用する。地入れに使用する大豆粉の量は1リットル当たり、大さじス プ−ンで山盛り1杯程度の分量でよい。一晩取り置きした水に粉を混ぜ、それを袋状に縫 ったさらしの綿布で濾して使用する。濾したものは大豆色で不透明をしており、豆の匂い が強くする。そのままでは夏場は半日で腐敗するので、作った豆汁はすぐに使用して残り は処分する。冷蔵庫で2、3日以上の保存は出来ず、防腐剤を混ぜてまで使うことは考え ない方がよい。袋の中の残り滓は捨てて、袋はきれいに洗っておく。また、豆汁のほかに ふのり溶液も用意する。これらを別々に用意し、順に乾燥を待って生地に引いてもよいが 、双方の液を混ぜて1回で済ませる方が伏せ糊の縁もあまり弱くならずに済む。ふのりは 乾燥させた海草で、密集具合の高くて分厚いものがよい。品質にもよるが、1リットルあ たり、5センチ角程度のものを1枚を使用する。これも水に漬けてふやけさせた後に弱火 でじっくりと溶かす。全部溶けなくてもよく、やはり袋状の木綿の布で濾した液を使用す る。濾す際に、液の粘性が高いため、スム−ズに布を濾して行かないので、袋の上端から 液が飛び出さないようにしながら、揉んで絞り出す。袋の中の残りは小皿などに取って冷 凍保存し、次回の使用時に混ぜるとよい。ふのり液は黄ばんだ透明をしていて、粘性が高 い。その分、生地に糊気を持たせるので、引染めの際の染料の糊際への浸透を減少させる 。豆汁とふのり液を混ぜ、だいたい八掛けつき振袖1反当たり2リットルを用意する。こ の量が地入れ液や引染め用染料の量と思えばよい。訪問着の場合は1.5リットル強が目 安だ。ただし豆汁は染料と違って粘性があるので、少々多めの量を必要とする。また、縮 緬のシボの大きい生地では水分をかなり吸い込むため、地入れ液は多めに用意する。もし 地入れ液が1反の途中でなくなれば、もはや同じ濃度のものを作ることは不可能で、引染 めした後で地色の濃さが違う結果になる。また、地入れ濃度は引染め染料が濃い色の場合 は高める。また天候や季節、地入れ後の日数によっても効果がかなり異なるので、いちが いに濃度は決められない。あまり多く使用すると乾燥した後、二酸化炭素と大豆の蛋白質 が反応し過ぎて生地表面に膜が張ったようになり、生地裏まで染料が染まらず、裏が白っ ぽくなってしまう。そうした場合を考えて、地入れが効きすぎると浸透剤を染料に混入す ればよいが、元々そういう必要がない程度の地入れ溶液の濃さを経験から知るようにする 。また同じ地入れ溶液でも地入れした後、日が経つにつれてやはり同じような不浸透効果 が出て来るので、地入れから引染めまでの時間の開け方は熟練を要する。比較的濃い地入 れ液を使用した場合は乾燥後すぐに引染めしてもよい。
 豆汁地入れは必ず専用の刷毛を用意する。豆汁が刷毛の根元に浸透して腐敗しやすく、 刷毛の寿命は染料を使う場合に比べて長くはない。引染めにも同じ鹿の毛の刷毛を使用す るが、豆汁用にはもう少し安価のものでもよい。刷毛は使用する数時間前にそのまま水の 中に全体を浸しておく。こうすることで刷毛の根元に水が浸透し、地入れ液や染料の浸透 を防いでくれる。また使用し終わった後はすぐによく洗って、風通しのよい日陰に吊るし て乾燥させる。乾燥が遅いと刷毛はすぐに劣化して毛が抜け出るようになる。そうなれば もう使えない。この刷毛には幅が数種類あるが、一番大きな6寸のものを用意できるに越 したことはない。しかし、小部分をぼかしで引き染めする場合にはもっと小さなものが扱 いやすい。筆者が使用しているのは5寸で、1本4000円ほどだ。同じ幅でも毛を多く 使用しているものとそうでない並のものがあって価格にはかなりの差がある。刷毛には丸 刷毛もあれば、彩色で使用する片刃や、刷り込み用のぼかし刷毛など、いくつかの種類と 大きさがあって、表現用途に応じて使い分ける。これは筆についても同じだ。
 豆汁の地入れはポ−ルに張った生地に向かって右利きの場合は、右から左へと進む。ベ タに糊伏せした箇所が比較的大きくて、その内部に地色の染まるべき箇所のない場合は、 わざわざ地入れ液を引かなくてもよい。それでもそうして部分的に地入れせずに乾燥した ままの部分があれば、生地が乾くまでに生地が傾いたままになりやすく、なるべくなら糊 伏せのあるなしにかかわらず、張った生地の全面を同じように引く。ムラにならないよう に均質に素早く休みなしに引き、たとえば見頃なら見頃といったまとまった部位を引き終 わると、元に戻ってもう一度今度は液をつけないままで濡れた面のみを刷毛でざっとなぞ る。つまり、どこも均等に濡れているように調節する。この場合、糊伏せ面の際は水分を 得て早速柔らかくなり始めているので、あまりそうした箇所は何度もこすらないように心 がける。せっかくの糊伏せ面が糸目際から減退してしまうからだ。もしそういう箇所が出 来てしまえば、地入れ液が半ば以上乾いた段階で必ず筒紙にまたネバを入れて補修をして おく。話を戻して、再度刷毛で地入れ面を整えた後、生地をひっくり返して小張り伸子を 避けながら今度は裏側をもう一度刷毛で全体をなぞる。最初の地入れの際に豆汁液が濃過 ぎると、生地裏にはあまり浸透せず、裏を返して見るとあちこちまだらに濡れている場合 がある。これを均質にするためにも、裏からなぞる際には刷毛にごくわずかに地入れ液を 含ませて裏面全体を濡らす。小張り伸子が邪魔になって生地耳付近は刷毛が届きにくいが 、伸子を一旦外してでも均一に地入れを施す。裏面からもていねいに刷毛でなぞることで 伏せ糊部裏面の際付近に地入れは完全に行なわれ、引染めの際に染料が伏せ糊裏面に浸透 しにくくなる。そのようにして地入れの終わった生地はもう順番に1本のポ−ルに移動し 、ロ−プを強く張って、生地方向の弛みを最小限にする。また長さ方向にも生地幅方向に も水平を保つ。ところが糊伏せの重みもあって、なかなか幅方向には水平にならないこと が多い。こういう場合は張り木のロ−プの片側に何か錘を吊るして水平を保つ。というの は、液が垂れて伸子の先から伝って下のぼとぼとと落ちることがあり、また生地の傾きが あることで、地入れ液の濃さに差が生じる恐れもあるからだ。前者はポールに取りつけた 上方の生地が下方の生地を汚すことになり、後者は引染め後の色の濃淡となる恐れがある 。地入れ液は引いた段階では無色なのでムラがわからないが、もしムラがあればそのまま 引染めの後で地色のムラとなる。それほどに重要なので、天気のよい日に一気に引くこと で、各部位の液濃度の差を生じさせないようにする。雨天には作業はせず、またごく小さ な布地を染める場合はいいが、長さが大きいキモノの場合は乾燥器を使用すると乾燥ムラ の心配があるのでやめておく。電熱器などで生地下から炙って乾かすと、液が熱源方向に さらに引き寄せられ、地入れ状態が生地全体にわたって均質な状態となりにくいからだ。
 全部引き終わり、ポ−ルに移動することなどを済まして、だいたい30分ほど経ってい ることを作業速度の目安にすればよい。夏は乾燥が早いので、地入れをし終わった直後か らみるみる生地が乾いて行くほどだが、そのためにも可能な限り迅速に作業を済ます。助 手はいた方がよいが、以上のことは全部ひとりで充分にできる。乾燥していた糊が地入れ 液でまたある程度湿り気を取り戻し、生地全体はかなり伸びるので、ロ−プはまた強く引 っ張ることとなるが、その過程で、糊表面に細いひび割れがあちこちできる場合がある。 その割れ部分は糊がうすくなっているので、そうした箇所もネバ糊で補修をしておく。お がくずの効果はこの地入れをした段階で確認できる。もしおがくずを振っておかなければ 、糊の表面が地入れ液で湿りが戻り、糊分が刷毛について生地を汚すことにもなる。また 、地入れ後に糊表面のおがくずの一部が取れて生地上にくっつくことがある。これはなる べくすぐに目立つものは何かで拭いて除去しておく。細かなものであれば乾燥後にもう一 度生地全体をブラシで擦って取り去ることでよい。地入れ後、通常は1、2日経ってから 引染めをするが、天候のせいで糊がしんなりとしている場合は完全に乾燥し切るまで待つ 。


  6,墨打ち、紋糊
  7,青花写し(下絵羽)
  8,糸目
  9,地入れ
  10,糊伏せ
  11,糊伏せの乾燥
  13,引染め
  14,再引染め
  15,蒸し
  16,水元
  17,彩色(胡粉)
  18,彩色(淡色)
  19,彩色(濃色)
  20,再蒸し
  21,ロ−伏せ
  22,ロ−吹雪
  23,地の彩色
  24,ロー・ゴム・オール
  25,湯のし、地直し
  26,金加工
  27,紋洗い、紋上絵
  28,上げ絵羽
  29,本仕立て、納品
     1,受注、面談、採寸
  2,小下絵
  3,下絵
  4,下絵完成
  5,白生地の用意
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