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 二曲屏風『夏日』

●9 色糊置き

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(図1)糊伏せする以前にまず
色糊(写し糊)を置く。



(図2)おがくずを振る。



(図3)自然乾燥させる。


の工程はキモノでも使用出来る。また使用しなくてもかまわない工程でもあるが、この 技法でしか表現出来ない効果があるので、小下絵段階でどの部分に適応するかよく吟味し たうえで使用する。通常の糊伏せを行なった後でも行なえるものだが、その場合は表現効 果が異なることがあるので、どういう仕上がりを得たいかを考えて色糊使用の段階を決め る。色糊は通常の糊伏せと同じく引き染めの際の防染効果を得るが、それと同時に糊に含 ませた染料の色を生地に定着させるものだ。「写し糊」と呼んで型染の量産ものの友禅に はごく普通によく使われる。糊に混入する染料は彩色で使用するものと同じ酸性で、その 染液をネバ糊に混ぜて作る。ネバ糊である必要はないが、ここで説明している屏風では、 通常の糊伏せと同じネバ糊を用いた。ほどよい粘度のネバに余分な水分を混入することに なるので、ネバに柔らかくなり過ぎることがあるから、染液の濃度え濃いめにして色糊の 濃度を上げるようにする。また、作った色糊がどの程度の濃さで染料を生地に定着させる かは、経験を積まないとなかなかわからないので、少量を生地片に付着させ、乾燥後に蒸 し器で少々蒸し、その後に水で洗って濃度を確認するといった試し染めは欠かせない。逆 に色糊の濃度が高過ぎると水元の段階で落ちた色糊が他の箇所を汚してしまう恐れがある ので、あまり濃い色を求めずに中間色程度にしておく方がよい。これは後述するが、色糊 の乾燥後に蒸すことをしなくて済むからでもある。また色糊の使用では生地の表側にしか 染料を付着させることが出来ない場合が多く、仕上がりはやや白じんだ具合になる。これ を防止するために色糊の中に浸透剤を混入する方法もあるが、色糊を置いた際を染料の滲 みで汚す原因にもなるので、かなりの経験を積む必要がある。ここでは無難な方法を述べ る。
 色糊の色だが、黄色系であると、色糊を置いた箇所が黄ばんで見え、それが生地焼けに 勘違いされる。したがって、どちらかと言えば青や赤系統の色を使用することが筆者は多 い。色糊は通常の無色のネバとは違って、一旦間違って置くと、そこは糊分だけではなく 色も着いてしまうから、ネバ以上に注意を要する。また、生地全体にわたって使用するよ りも部分的な効果を狙う場合が多く、作る分量もせいぜい茶碗一杯程度で充分な場合が多 い。残った色糊はビニールなどのつるりとした面の上に均等の厚さで延ばして乾燥させ、 後で撒き糊を作っておくのもよい。そうした色撒き糊は作るごとに色や濃度が微妙に違う が、それら全部を混ぜておけば、撒き糊として使用した際にかえって複雑な色の効果が出 て面白い。なるべく染料や糊分を下水に流すことなく、このようにして流用を心がけたい 。さて、ここでは空の雲の部分を青で表現したいために色糊を用いたが、これは本来なら ば通常の糊伏せで生地白として上げ、後でその白い箇所に青を挿すといった技法に頼る。 だが、そうした場合、引き染めした地色と青く挿す部分との境界に糸目の白い線が出来る 。それをこの屏風ではしたくなかったために色糊の使用を決めた。というのは、糸目は花 の部分にだけ使用し、背景のひとつである雲は地色の一部と考え、輪郭のないものとして 表現したかったからだ。友禅はあらゆるものを糸目で括るが、時にはこの白くて細い線を 用いたくない場合がある。地色をぼかしで染める時はその各色の境界には糸目が現われな くて済むが、これはぼかしであって、糸目を省いたようなくっきりとした色の変化ではな い。別々の色が隣合っていながら糸目をそっくり省いた効果を得るには別の方法に頼るし かない。それが色糊の使用で可能となる。ここでの作品は空は赤を中心にしているが、そ の赤い空に青い雲がたなびいている絵を染める場合、赤と青は補色関係にあるので、どち らの色にもどちらかの色が混じってはならない。つまり赤と青は別々に染めてしかも両方 の色が完全にお互いを侵すことなく接し合っている必要がある。そこで、赤の地色よりも 雲の青の方が面積が小さいので、雲を色糊で表現する。またこの雲がごく細くてわずかな 面積であれば糸目で括って表現してもかまわないと言えるが、筆で彩色するにはやや大き い面積である場合は彩色時にムラになりやすいからやはり色糊を使用した方がすっきりと 仕上がる。ただし、色糊は置いた表面がどこも均一でなければならない。色糊の厚さに応 じて定着する色の濃度が変化するからだ。置いた色糊がどこも均一な厚さになるためには あまりに色糊の粘着度が高いと駄目で、やや緩めの方が全体に均一に広がってくれる。た だし、これは糊伏せの場合と同じく、あまりに柔らかいとせっかくシャープに表現したい 部分が糊が動くことによって予想外の絵になってしまう。
 色糊を置いた箇所の仕上がりはローケツ染した際のそれとよく似ている。しかし糊特有 の柔らかさがあって、しかもローよりは好みの絵の輪郭を制御しやすい。ローケツ染でこ の色糊と同じ効果を得るには、最初にローで雲の縁の外側を堰出しして中を青を染め、そ の後脱ローして、青に染まった雲全体をロー伏せし、そして赤の地色を染めることになる が、その場合、どのように巧みにローを扱っても青と赤は完全に色がお互いを侵すことな くぴったりと接し合うことはない。そのために、最初に全体を赤く染め、その後に青く表 現したい部分を堰出してそこに抜染剤の液を塗り、赤く染めた色を一旦抜き、その後にそ の部分に青を染め込む方法を採ることもある。この場合は、色の接する際の仕上がりの硬 軟の差はあるが、一応はここで述べている色糊とほとんど同じ効果が得られる。それでも 赤を抜いて補色の青を入れることは少々無理があって、残留分の黄ばみがあることですっ きりとした青には仕上がりにくい。仕上がったとしてもそれは生地をかなりきつく傷めて いるから本当は好ましい方法ではない。生地に無理を与えずなおかつ補色関係の色を糸目 なしで隣接させるには色糊の使用が最適と言える。ただし、この色糊はどうような染料で も適応出来るものではないので、それを念頭に置く必要はある。
 色糊に混ぜる染料はよく熱して完全に溶け込んだものを使用する。そして糊に混ぜてからは糊に完全に馴染むまでよく攪拌する。糊は冷たくても熱いものでもかまわないが、冷ました状態で使用する。時々糊のちょっとした固まりの粒があったりするが、そうしたものは除去するなり して、色糊全体がどこも同じ濃度で染料が混じっているようにする。色のつき具合を試し た後、うすいと思えばまた染液を足して濃度を高める。次に、色糊を置くのは青花線に沿 ってであるのは言うまでもない。青花写しの段階で糸目を引くものとそうでないものとは 頭の中で区別しておく。色糊を置くにはネバ糊の伏せと全く同じ筒紙でよい。まず輪郭を 先金をつけた筒紙で引き、その後に輪郭内部を同じ色糊で埋めて全体を馴染ませて均一な 厚さにする。これは目で見て大体均一であればよい。色糊の色の濃さが強ければ、色糊の 厚さに応じた定着染料の濃さの変化も大きいが、中間色程度であればよほど色糊の伏せ具 合に粗密がない限り、全体が均一な濃度として仕上がる。また逆に考えてあえて均一でな い表現効果を求めたい場合は、色糊の付着状態にいろいろと変化を持たせればよい。通常 の糊伏せと同様、糊表面の泡粒はみな潰しておき、糊置き後におがくずを表面に撒いて乾 燥させる。本来はこの色糊の色を生地に定着させるために蒸しにかけるのがいいが、ここ では中間色程度にしているので、豆汁地入れした際に色糊際から染料が滲み出ることもな く、地色引き染め後の蒸しで一括で蒸すことでよい。これは、色糊の蒸しの段階で色糊が 柔らかくなって、間に挟んだ新聞紙に付着したり、また着いては困る箇所を汚してしまう 恐れがあることと、なるべく張り木から生地を外す回数が少ない方がよいからでもある。


  1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
  6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
     10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具
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