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 二曲屏風『夏日』

●15 糊堰出し

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(図1)ネバ糊で花を堰出しする。


常は糊蒸しと水元が終われば、糊伏せしてあった部分の筆による色挿し工程に移るが、 ここでは表現上の変化を求めてふたつの効果を得るようにした。まずひとつは色糊で表現 した屏風上部の青い雲をさらに染め重ねることで動きと深みを加えることだ。これは染料 の透明感を利用するもので、もう一度色が少し異なる色糊を作り、それを染め上がってい る雲部分に少しずらして別の絵を青花で描き、その部分を伏せるという方法や、あるいは 糸目でくくって内部を彩色することもよいが、ここでは新たな雲の形を青花で描いた後に ネバ糊で堰出しして刷毛で染めることにした。色糊の使用ではきれいなぼかし表現は出来 ないから、すでに染め上がっている最初の青い雲は、どこも同じ色に仕上がって平面的な 感じになっている。このうえにまた色糊で同じ平面的な表現を染め重ねてもよいが、堰出 しした内部を自由にぼかし染め出来る方が、雲部分の絵の仕上がりはより立体的で動きが 出る。また、糸目でくくって色を挿す方法では、一度染まっているうえに糸目を施すため に、原理的には白い糸目が出て来ないが、実際はうっすらと糸目の線が残る。それでもか まわないようなものだが、せっかく色糊で施した青い雲は糸目の輪郭がないのであるから 、この雲は最後まで糸目を使わずに表現することにこだわりたい。それが糊で堰出しする 理由だ。また糊で堰出しすれば、細い糸目の場合とは違って、刷毛で一気に染めることが 出来る。これは筆で染めるのとは違う効果をもたらす。鑑賞用の絵としての表現を想定す る場合は、筆による微細な絵よりも、むしろ力強さが伝わるものにしたい。それは筆より も刷毛中心の仕事で得られる。また、刷毛による一気染めとはいえ、ある程度は筆のよう な細かい操作も可能だ。さて、うすい青の雲が濃い赤の空に浮かんでいる絵として仕上が っているところに、新たな形の雲を染め重ねるには、青の部分内にのみ収めることもこと も出来るが、それではせっかくの染め重ねの絵としては面白くないので、ここでは青と赤 の領域双方に跨がった絵とした。また、この2色は反対色であり、濃度もかなり違うので 、そこを雲の形に区切られた領域内に染める色は、どちらの色にも馴染むものである必要 がある。その領域内全体を同じように染める必要はなく、小さな刷毛の使用によって、濃 い赤の地はややうすく、そして青い空には濃いめといった加減を施すことが出来る。この ように堰出した内部は色糊では求められないような自由な染めが可能となる。堰出しはロ ーが手っ取り早いが、この過程ではローは使用しない。それは後の工程で述べるように、 ゴム糸目をまだ残しておく必要があるためと、ここでの工程の中心は下記で述べるが、ひ まわりの花や葉をネバ糊で堰出しすることにあり、そのついでにこの雲も同じ糊で堰出し した方が合理的であるからだ。
 それで、もうひとつの効果はひまわりの花や葉を筆ではなく刷毛で染めるために糊で堰 出しすることだ。糊は最初に使ったネバと同じものを使用する。結局、先の工程で糊伏せ した部分を、今度は刷毛で染めるために、それ以外の部分すべてを糊で伏せるわけで、最 初の糊伏せと今回の糊堰出しを合わせれば、生地の全面に糊が置かれたことになる。ひま わりを彩色するには、本来は糸目が置かれているから筆で順に彩色して行くことも出来る が、夏場にこのような大きなひまわりの絵を少しずつ彩色して行くことは冒険と言える。 まず夏場に電熱器を使わねばならないのは苦痛な作業だ。そしてその間に作った染料が乾 燥や腐敗して色が変化しやすい。さらにキモノとは違って広幅生地の彩色は体を順に移動 させる必要があり、縦方向の生地中央部あたりは腕をかなり伸ばさなけれならない。一方 、糊の堰出しは糊伏せと同じかそれ以上に時間を要する工程だが、堰出した内部を電熱器 で炙る必要なく、刷毛で一気に染めることで筆では得られない表現が出来る。そうした理 由を比較して、ここでは小下絵の段階でひまわりの絵は全部糊の堰出しによって染めるこ とに決めていた。ただし、筆での彩色はすでに染まっている地色を常に見つめながら花の 色を染めることが出来るが、糊堰出しは前述のように、染めるべき部分以外はすべてを糊 で伏せておがくずを撒く必要があるから、すでに染まっている地色を見ながらの作業は出 来ない。キモノの項でも述べたように、刷毛足が及ぶ花の周囲そこそこのみの範囲を糊堰 出しすればいいようなものだが、それでは糊を置いていない部分との境界に糊焼けの差が 出てしまう。そのため、染料が染まる恐れが全くない部分まですっかり糊で覆う。ただし 、糊伏せの場合と同じく、刷毛が及ばないところは糊の厚みはうすくしてよい。こうした 全面的な堰出しは糊をたくさん要するし、また時間も多く費やすため、かなり非合理的な ことに思えるが、手抜きをすれば必ずそれが何らかの染めの失敗の原因となることを肝に 命じておきたい。もし花を筆で彩色すると決めているならば、通常はその花の面積は地色 部分よりもはるかに小さいように最初に全体の構図を決めるが、堰出しでは花の大きさは 刷毛による染めにふさわしい大きさが必要でもあり、小下絵段階で堰出し面積は想定出来 るし、それはだいたい地色と大差ない場合が多い。またこれは絵としても効果的であり、 糊伏せと同程度の仕事量ということで、堰出しの工程は気分的に楽になれる。
 前述のように、糊で堰出してしまうと地色の赤が見えなくなるので、花の色を染めた後 、全体がどのような配色になるかをしっかり小下絵段階で決めておき、色見本を染めてお くなりしたうえで、花や葉の所定の色を作り出すことにする。「糊の堰出し」という表現 を使っているが、結局は糊伏せと同じことであり、伸子の使用やおがくず、あるいは糊の 乾燥のさせ方、乾燥後の豆汁による地入れなど、すべては最初の糊伏せとその後の引染め までの工程と全く同じことをここでも繰り返す。だが、豆汁だけは最初の地入れの時とは 違って若干うすめの濃度のものでよい。それは生地が水元によってすっかり元どおりの白 生地と同じような風合いが戻ってはおらず、若干の糊気がついているために少しごわつく ために地入れ効果と同じようなことが生じるからだ。こうしたことは経験上から学ぶほか ないが、染色ではなるべく使わなくて済むものは使わない方がよく、生地を硬化させる豆 汁などは必要最低限の濃度で使う。したがって、もし豆汁地入れしなくても引染め時に問 題が発生しないのであれば使う必要はない。また、豆汁のみごくうすくし、ふのり濃度の み保つのもよい。これならば水元でふのり成分はすっかり流れるから、生地の硬化はかな り防げる。夏場は豆汁の効果はすぐに生じるし、日数を経ると今度は染料が浸透しないま でに固着化するので、豆汁地入れが終わると次の染めはあまり期間を置かずに終える。ま た、堰出しするのは刷毛で一気に染めるべき部分だけであり、ここではひまわりの黄色い 花弁は面積がごく小さいこともあり、後に筆による彩色に頼るとして糊伏せした。つまり 花弁に関してはネバ糊で二度伏せられることになる。もう少し詳しく書けば、ひまわりの 花弁を伏せることで、花の中心の種子部分と葉の間に糊で境界を設けることとなり、刷毛 による引染めの染め分けの際にふつごうが生じないようにとの考えがある。こうした技術 的な利便性と絵の構図との兼ね合いも染色にとっては重要な事柄で、そこが通常の日本画 や油彩画とは全く違う点とも言える。下絵の段階ではあまりそうした染色の工程上、技術 上の困難な箇所のことは考えず絵を描くが、次の原寸大の下絵を作る段階で、後の工程の 具体的な細部までほとんど試行錯誤して決めているから、技術上は不便な絵の箇所は下絵 で徹底して修正する。そして不思議なことに、そのように後の工程に便利なようにと修正 した絵の方が、小下絵よりもはるかに絵としての完成度が高いものなのだ。これは技術的 にあまり無理なく染め得る構図は、安心を与える仕上がりを導くことと同義だ。


  6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
     16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具   1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
  
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