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 二曲屏風『夏日』

●22 ロー堰出し

下の写真はクリックで拡大します。


(図1)墨流し染めをする箇所を
ローで堰出しする。


目が残っている限りは挿し友禅を初め、一方ではまた糊伏せや堰出しをして面積の広い 部分を染め直すことは可能であるから、蒸し水元と染める行為を何度でも繰り返してどん どん複雑なものを染めることは出来る。しかし、これは染料の染め重ねの部分が多くなっ て、色はますます濃く渋くなって行くことであり、作品の効果を考えれば自ずと限度とい うものがある。複雑な工程で染めたものがよいとは限らないし、また複雑に込み入って見 えるものがそうでないものよりよいとも言えないからだ。そうした濃くて渋い色は糊伏せ や堰出しの繰り返しによらなくても原理的には1回の染色でも可能であるから、糊伏せや 堰出しをするならばそうでしか出来ないような、またそうしても普通の人にはそうとは見 えないような、つまり技術的なことは奥に沈んだものであるべきだ。技術を見せるのは確 かだが、それよりも前に表現されたものがはっとした衝撃を与えるようなものを獲得して いることが最優先の問題で、それは膨大な時間を要し、なおかつ凝った技術によってのみ 生み出されるものではない。ここで述べている作品では、小下絵である程度の全体の配色 は決まっていて、それを実現するためには通常の糊伏せのほかにもう一度今度は糊の堰出 しをする必要があったのでそうしたまでで、もしその必要がない配色であるならば他の工 程を選んでいた。なるべく必要最低限の手間によって最大の効果を上げようと考えるのが どのような仕事の分野でも共通して言えることで、染色も全く例外ではない。手間をかけ た分にそのまましたがった作品が生まれるのは言うまでもないが、その手間が、たとえば ごく小さな面積を染めるために屏風の4平方メートルの大半を糊伏せするといった、あま りにも無駄なことであれば、せっかくそうして表現してもそれは説得力がなく、ほとんど 意味のない工程となってしまう。つまり、手間をかけるにふさわしい大きな効果が得られ る境界点というものがあり、そこをよく見定めて糊堰出しという時間のかかる工程を選択 する必要がある。それで、糸目がまだ存在している状態で、染めるべき箇所をほぼ染め終 わった状態を眺めた場合、最後に残されている仕事は抜染剤の使用によってどこかの色を 抜くか、あるいはさらに染め重ねるかだが、前者に関しては「糊抜染」の項目で述べた。 ここでは後者について述べる。
 この屏風ではゴム糸目はほとんど筆による彩色のために貢献したものではない。それは 青花の効果に似て、いわば糊伏せや堰出しの際にその限界際としての目印線であり、青花 としなかったのは糊伏せと堰出しの工程によって線が消えてしまわないためにという考え による。とはいえ結果的に白く仕上がる糸目の線はやはり重要な効果があり、ほとんどそ の糸目上がりで表現した箇所が右扇下部のひまわりの花式図の区画だ。このことは後述す るとして、水元で落ちない糸目を目印に、その線の左右側を交互に伏せては染めることで ほぼ全体が仕上がったこの屏風の最終的な染色としては、糸目を工場で揮発水洗によって 洗い落としてもらう時に、ローも同時に落ちることを考えて、糊ではなく今度はローを使 って堰出しをし、部分的な染色効果を得ようと考えた。これは前述した必要最小限度の手 間で最大の効果を得るという考えの応用で、本来は糊しか使用しないのが本道のように言 われているが、現実的には糸目はもはや糯糊を使用しておらず、揮発油で落ちるゴムを使 っているのであるから、このゴムと同種の原料であるローを使用するのは理屈的には間違 ったことではない。筆者のように糊伏せや糊の堰出しを一切行なわずに、ゴム糸目とロー 伏せだけによってキモノを作っている作家はいくらでもあり、そうした仕事でも伝統的な 友禅と主張されているが、筆者から見ればそうした仕事は友禅ではあってもローケツの変 形であって、伝統的な友禅からは大きく乖離し、糊独特の効果のよさを活かしたものでは ない。ここで述べている屏風は糊伏せと糊の堰出しに頼らない限り絶対に表現出来ない仕 事であり、それは技術的なことを少し学んだことのある人にはすぐにわかる。それゆえ、 筆者はゴム糸目に糊を併用する仕事を常に行なう立場にあって、ローはごくわずかな部分 に補助的に使用する。そしてそれは糊でも可能ではあるが、ローの方が手っ取り早くしか も糊と変わらぬ効果を発揮する箇所に置いてのみだ。手っ取り早いの意味するところはロ ーを置いた後にすぐに染色にかかれるということはもちろんだが、堰出しで伏せる場合、 糊ならば糊焼けの危険があるので、染める箇所以外の全面を伏せる必要があるのに対して 、ローの場合はせいぜい糸目際に沿って1、2センチ幅程度の堰で充分ということによる 。それに糸目を落とす工程にいわば便乗する形での作業であり、合理性を優先したゆえの ことだ。ローの堰出しをした理由は大きく分けてふたつある。それは墨流し染めを部分的 に施すためと、ロー吹雪を加えてさらに色を全体に染め重ねる区画が存在するためだ。こ れらに関しては次項以降に述べる。なお、前述のひまわりの花式図についてだが、屏風右 扇下部にあるこの小さな区画は、当初一応は地色1色の引き切りによる糸目上がりの表現 を前提とし、糊堰出しが終わった後に染め終えていた。それと同時に、花の種子の中心部 をより濃い色でぼかしを施して単調さを避け、その時点で完成として区画内の周囲をロー で伏せた。この理由についてはロー吹雪の工程説明に回す。


  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
     23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具   1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
  6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
  
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