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 二曲屏風『夏日』

●14 水元

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(図1)蒸し後に糊を水で洗い落とす。



(図2)張り木に取りつけて、生地裏から
タオルで水分を拭き取り、自然乾燥させる。


こで述べている屏風では引染めした色は山吹き色と青紫、赤の3色で、これらはお互い に染まりつくと難儀なことになるので水元では特に気を使うわねばならない。あまり長く 水に漬けたままにしておくと、色が互いに打ち合って染まる場合があるので、柔らかくな った糊を落とす作業の頃合を見計らう必要がある。キモノでは大抵地色は1色か、あるい は同じ色の濃淡である場合が多いので、地色が仮に流れ出て他に染まるとしてもそれはほ とんどわからない。この場合、言っておかなければならないのは、流れ出た色が付着する のは生地全体にわたってであるにしても、伏せた糊は水に漬けてすぐには柔らかくなって 溶けないから、伏せた部分に地色が染まる可能性はほとんどないということだ。また、生 地の裏面は糊伏せ箇所であっても生地の地肌そのままであるので、裏面に関しては流れ出 た色が染まると思ってよい。ただし、それはよほど濃い色がどんどん流れ出ないことがな い限り、ごくわずかであるため、後の彩色時に充分隠れてくれる。胡粉の彩色で白に仕上 げたい場合なら少量の抜染剤を混ぜて彩色すれば、生地裏から染まった色程度ならば完全 に抜けてくれる。このように、キモノではあまり問題にはならなくても、地色を複数使用 する屏風の場合は少し事情が異なるので、水元に際しては本当は水量が充分過ぎるほどの 河川などを利用出来るのが最もよい。筆者はかつて屏風の水元の際に裏庭を流れる用水路 に生地を取りつけたことがある。水はかなりきれいから、水で汚れる心配はないが、生息 する蛭がいくつかこびりついたりしたので気持ち悪くてやめた。またそうした川の水は勢 いが早く、張り木のロープの縛り具合がまずければ生地が流されかねない。また思うほど 糊もすぐには柔らかくなってくれないことがわかった。それは生地が水中にたっぷり浸っ て流れることはなく、川面にすっかり浮き上がってしまうからで、それを食いとめるには それなりの手製の道具を設えるなどの工夫が必要であることもわかった。それで風呂場の 浴槽を使用しているが、キモノの場合とは違って、まず最初に生地の端をたぐり出し、シ ャワーの水を勢いよくかけながらブラシで糊上の引染め色が被った箇所や引染めした部分 を中心にざっと洗い、それを済ませた部分から順に水を張った浴槽に落とし込むことにし ている。こうすれば蒸し上がって状態そのままをいきなり浴槽に入れるよりも、シャワー の水とブラシ処理で、だいたいの余分な染料は流れ出てくれるからだ。蒸しで染まらなか った染料は最初の水で8、9割りは落ちるから、この作業の意味は大きい。ただし、この 作業はひとりではなかなかしっかりとはこなせないので、シャワー担当に別にもうひとり いた方がよい。
 浴槽に漬けた生地は季節や水温によるが、だいたい40分程度でブラシでどうにか落と せるまでに柔らかくなる。それまでの間はなるべく10分ごとに水中での生地の向きを変 えることをして、色の打ち合いが起こっても軽度で済むようにする。また、ブラシで糊を 落とす作業は全部を一度に行なわず、引染めで染料がかぶった糊伏せ際部分のみをひとま ずざっと落とした段階で生地を一旦引上げる。浴槽の底には落ちた糊が溜まっているので 、それらをすっかり流してからまた水を素早く入れ換えて生地をふたたび漬ける。これは 最初の水元で水が糊やおがくず、それに流れ出た染料でかなり濁って底が見えなくなって しまい、そうした水に長く生地を置くことを避けるためだ。新たな水に漬け直した段階で は糊はまだ大量に付着はしているが、その糊はほとんど色はついていないから、他に付着 したところで影響はない。ただし、ここて述べている屏風では青い色糊を使用したから、 その色糊は最初の漬け込みの段階ですっかり落としてしまう必要がある。溶け出した色糊 が生地の他の箇所に付着しても、あまり濃い色でない限り、水中であればその色は染まら ずさほど心配することはない。これは蒸しによって色糊の発色効果がなくなったたためで はない。蒸しで色糊は生地に色を定着はさせるが、糊には嵩があり、生地表面に接着して いない糊分内の染料はそのまま蒸し以前と同じ染色効果がある。したがって、原理的には 蒸した後の色糊は使用時のそれと何ら質的に変化はなく、付着すれば染まる。ただし、こ こでは浴槽の水量に比べて使用した色糊の分量がかなり少ないことから、付着の心配はほ とんど無視出来る。色糊をもっと大量かつ高濃度で使用した場合は話は違って来る。型染 友禅ではこの色糊をきわめて強い色で発色させる場合があり、それは色糊を置いたままの 生地を広げた状態で蒸しを充分に行なえる作業施設と、その後の水元が豊富で勢いのよい 水の流れの中で実施出来るという工場の特別の条件があってのことだ。個人がそうした色 糊を使用する場合は蒸しと水元が好条件で行なう必要があって、蒸し工場に依頼した方が よい。
 糊を完全に落としすには最低3度は浴槽の水を交換する必要がある。それでもまだ微量 にどこかにちり糊が付着していることがあるので、もうすっかり色が出なくなっても仕上 げとしてさらにもう1回は水元をする。筆者はいつも全体で5回程度は行なう。蒸しで色 が定着するとはいえ、水元で本来の発色があらわになるから、この作業は怠ってはならな い。水の中ではもう完全に落ちているはずの糊も、実際は生地の繊維の中に微量に浸透し たままになっていて、それは乾燥した時点で、かなりごわっとしている場合が多いことで よくわかる。そこは後で彩色の色が入る場所であるので、それが一種の地入れのような格 好になって染料が泣かずに済むという考えも出来るが、やはり糊分の残留は好ましくない 。そうした繊維内部の糊まで落とし切るためには薬品を使用する必要があるが、後で裏打 ちする屏風の場合は、キモノとは違って柔らかい風合いをさほど求めずに済むから、キモ ノほどにそうした微量な糊落としに神経質になることはない。とはいえ、建前は水元は完 全に伏せた糊を除去することにある。水に長く漬けておくほどに微量な糊分も流れ出てく れるはずだが、実際はそのまま水に漬けていてもそうはならず、ある程度生地を動かした りして一種の洗濯のような行為をしなければ繊維内の糊は落ちてくれない。ところがあま りに生地を激しく打ったりかき回したりすると生地を傷めたり、染めた部分にスレが出来 る場合があるし、またそうした生地の攪拌作業を続ける限り色は流れ出る。酸性染料で染 まった絹は染まり具合がよいと一般に言うものの、実際はかなり脆弱で、ごしごしやると どんどん色落ちする。そのため、糊落としと色落ちの兼ね合いをよく考えて適当な時間内 で素早く水元を済ます必要がある。蒸し工場では人工的に作った河川の流れの中で洗って もらえるが、いつも糊をすっかり落としてくれるとは限らず、ところどころにちり糊が残 っている場合がある。そうなればまた水元する必要があるから、自分の作品程度は自分で 水元を丹念にした方が安心出来る。また、水元の最中に生地の端の横糸がほどけることが しばしばあるが、それらは水中で切り落としておく。もし乳布との縫い合わせ線ぎりぎり までほどけた場合は、張り木に張る直前に新たに深く縫っておく。水元が終わった後の生 地のたたみ方やあらかたの水分除去とキモノの場合と同じでよい。洗い終わった生地はな るべく即座に張り木に取りつけるようにするが、この時最初に取りつけたのと同様に、生 地の横糸がどの箇所でも真っ直ぐ水平になるように、張り木の釘への乳布の装着位置をよ く吟味する。これは一度では無理な場合が多いが、取りあえず適当に取りつけた後、部分 的に何度かやり直すことで調節出来る。張った生地の裏面からタオルで水分を拭うが、こ の時、タオルにうっすらと染料がつくようであれば水元が足りないので、また浴槽に浸し てよく洗う。張り木での乾燥時に生地の縦方向に皺が多少出来るが、伸子は乳布を取りつ けた生地端のみにして、その他の場所にはなるべく取りつけず、すっかり乾燥してからに した方がよい。


  
  6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
     15,糊堰出し
  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具   1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
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