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 二曲屏風『夏日』

●12 引染め

下の写真はクリックで拡大します。


(図1)糊伏せ内部をうすめの色から
素早く引染めする。



(図2)なるべく引染め不要な糊伏せ箇所
に刷毛が及ばないように引く。



(図3)水平に染めるべき部分は、生地
の横糸に沿って引染めする。
ぼかし染めの場合は、霧吹きで水気を
与えて素早く引く。



(図4)赤い地色を引染めした状態。


(図5)乾燥後に様子を見てさらに
濃い色を重ねて引染めする。
染め終われば自然乾燥させる。


こで述べる屏風での引染めは、キモノの場合のように地色を一色で染める感覚とは違う 。それは地色に相当する部分が多色であるためで、引染め用の刷毛を使って広い面積を彩 色すると言う方が当たっている。どの友禅屏風でもそうではないが、鑑賞用の絵を見せる 屏風では地色の上に色鮮やかな文様が表現されるキモノと違い、地と文様(絵)という区 別があまりない。それは地もまた絵であるという考えからは当然で、染め出されるべき絵 と地の関係はキモノにおける文様と地の関係よりももっと厳密で複雑なものだ。屏風の高 さを予め決めて小下絵を描くが、それは最終的にこうでなければならない寸法どおりに染 めることであり、小下絵や下絵の段階で地となる面積も数ミリ程度の誤差に収まるように 決定する。これはキモノでもある程度は同じとは言えるが、湯のしで生地は伸び縮みする し、そうした誤差は仕立ての段階で解消され得るという、寸法に関する柔軟性がある。屏 風も同じように、たとえば下端や上端のみの厳密な表具位置を決めて、後はもう片方の端 は裏打ちの成り行きで決まるということには違いないが、それでもその成り行き具合は当 初から想定しておいて下絵を描くから、ほとんど上下端ともだいたいは希望どおりの絵が 収まるようになる。とはいえ、そうならない場合もあるから、成り行きに任せる方の端の 絵は1、2センチは短縮してもかまわないような構図にしておく。これは予め木枠に張っ たキャンバス地に絵を描くのとは違う、絵のサイズの予測不可能な事情で、友禅屏風の難 しさの大きな点になっている。それはいいとして、張り木に張る広幅生地の長さは屏風の 完成寸法の高さよりも上下端とも最低でも5センチ程度は長く取っているので、仮に湯の しと裏打ちの過程を踏んでかなり生地が縮んでも寸法は足りるが、その5センチ程度の上 下端はだいたいは細かい絵はなくて引染めの地色であることが多い。
 引染めで数色を別々の箇所に染める必要がある場合は最もうすい色の箇所から作業をす る。これはもし濃い色がうすい色であるべき箇所に飛沫状態で染めつくことがあればそれ が隠せないからだ。薄い色が付着してもそこに濃い色が染められるのであればあまり問題 はない。だが、うすい色を先に引いて、その後に濃い色を引く時にその色が刷毛から少し 飛んでうすい色の部分を汚すことは当然あるから、濃い色の引染めには充分注意をする。 また、引染めは染められるべき部分にのみ刷毛が及べばよいから、刷毛の方向をよく考え てなるべく糊伏せのあまり関係ないところまでを染料をかぶせないようにする。糊で伏せ ているので安全とは言えるが、内部のベタは伏せ際よりも糊の厚みを少なくしていること もあって、引染めの色がかぶれば糊下の生地に染料が微かに付着することが多い。そのた めにもなるべく糊際近い箇所で刷毛足が及ぶのを止めておく。こうしたよけいな染料はな るべく使用しないという心がまえが失敗を少なくする。ここで述べている作品では引染め は濃い山吹色と青紫、それに赤の3色を使用したが、それぞれ染められるべき箇所は違っ ているし、また赤に関しては乾燥後にまた引くということを順番に繰り返して上端の方が 濃くなるようにぼかし染めをした。ぼかしは青紫と赤の境界でも施したが、より狭い面積 の青を先に染め、それが乾燥してから最も面積の大きい赤を染めた。刷毛はだいたい色ご とに用意するのが理想だが、それがかなわない場合は最低でも3、4本用意する。うすい 色をした刷毛は次に濃い色に使用すればよいが、この反対は駄目だ。ここで述べている作 品の場合は、山吹き色に使用した刷毛は赤には使用出来るが青紫は駄目で、赤は青紫も共 用は出来ない。使用後は充分に洗って日陰干しで乾燥させ、次に使用する場合にもまた数 時間水に漬けることで以前の色を吐き出させる。それでも濃い色を使用した場合は若干色 が残留するから、次にはごくうすい地色の引染めには使用しないでおく。また、染める面 積が比較的小さい場合は引染め用の大きな刷毛ではなく、刷り込み刷毛を使用してもよい 。面積と状態に応じて、そして色むらが生じないように刷毛は選ぶ。
 こうしたぼかし染めは人によって方法がさまざまだが、筆者は青花で引いたぼかしライ ンに沿って霧吹きで水を幅25センチ程度の幅で吹きかけ、その半分の位置まで染料のつ いた刷毛を引くことにしている。幅25センチというのはぼかしラインの線から左右に1 2センチ程度まで湿らせるということであり、またこの25センチの中央10センチほど は水を多めにして25センチ全体として水気の度合いが異なるようにする。つまり、乾燥 した生地から次第に湿り、そして水分でぼとぼとになり、またやや湿ってそしてまた乾燥 の生地があるといった山のような段階に湿らすわけだ。そして引染めの刷毛はこの山のち ょうど半分、25センチの中央線、すなわちぼかしラインでぴたりと止める。この時、染 料を含ませた引染めの刷毛は通常の乾燥している部分を引染めするのと同じような感覚で 使用すればよい。ぼかしすべき箇所をわざとうすく染めようと力加減しなくても、水分の 付着によって自ずと染料の浸透は少なくなってくれるからだ。ただし、これを逆に見れば 、霧吹きによる水分付着に大きなむらがあればぼかしもそれに応じてむらになることであ り、霧吹きの使用にはそれなりの経験を積む必要がある。とにかく少々一発勝負的なとこ ろが引染めにはあるから、何らかの失敗に近いことが起こっても、それに応急措置が施せ るようにきれいなタオルやドライヤーなど手短に備えておく。話を戻して、もっと微妙で きれいなぼかし足がほしい場合は、引染めの色を2、3倍にうすめたものを水気を持たせ た部分に使用し、乾燥している部分は本来の地色濃度の染料を用いる。この場合には刷毛 を2本用意し、手際よくそれらを持ち替えて作業する必要がある。
 ぼかしの方法はもっとさまざまにあり、このぼかしだけで生活する職人もあるほどで、 それだけ難しく奥が深い技術と言える。また、ここでは赤の地色が一度引き切りした後、 充分に乾燥してから、作品上端でぼかしラインを10センチほどずらして同じ作業を合計 5、6回繰り返した。この際に目印となるのが、青花ではすでにほとんど消えてしまって いるが、糸目の工程で10センチ間隔に引いた青花の水平線両端に引いた糸目の短い線だ 。だいたいその箇所に伸子を張っているので、それも目印となる。無地の面を何度もぼか し染めする場合は、屏風の左右でぼかし位置を間違えやすいので、こうした目印でぼかし の水平線を確認する。10センチごとのぼかし染め重ねによって、全体として上端の高さ 50センチ程度は、地色が少しずつ下方に向かってうすくなって自然なぼかし具合が仕上 がる。また、このようにぼかしをする場合、すでに染まって乾燥しているところを部分的 に霧吹きでまた湿らすことになり、乾燥の具合によってはせっかく染まっていた地色に水 の際が跡と生じることがままある。こうなった場合は、また全体を水刷毛で濡らして全体 を馴染ませて乾燥させれば元に戻る。このように乾燥後に引染めを繰り返すぼかし染めは 手間や日数がかかるから、数色を用意し、一度の引染めでそれらを使いこなすことでぼか しを完成させる場合もある。ここで述べている赤の地色の場合ならば、まず基調となる赤 を全体に引き、その直後の生地がまだ濡れている状態の時に濃い色を重ねてぼかしをする ということで、これでも同じような結果は得られるが、よほど色の調節をしておかないと 一度に染まってしまって後で調節は利かない。少しずつ何度も染める場合であれば、途中 で濃度やあるいは色合いを吟味出来るし、屏風の左右で地色に差が生じる度合いがうんと 少なくて済む。よほどのプロでないと地色の合口合わせが一度の引染めでは出来ないもの だ。何度も染め重ねることで、地色の差は解消の可能性が強まるし、地色は絵の部分と合 わさって重要な要素であるから、ぼかしではない引き切りの染めの場合であっても念入り に何度もうすい色を重ねて目的の色を得ることにする方がよい。またこうして何度も重ね 染めする方が色の仕上がりがむっくりと深みが出てよい。それは一度の引染めでは豆汁効 果の効き過ぎによって生地裏にま染料が浸透しない場合がよくあり、これを防止するため にも2度、3度目の引染めでは多少の浸透剤を加えて生地裏まで染まるように心がける。 生地裏まで染まると、表しか染まらない場合に比べてかなり染料の深みが違うし、これが 染色表現の大きな特徴と考えたい。また一度に濃淡の染料でぼかし染めをする場合、糊伏 せした箇所が最初の引染めですぐに柔らかくなり始めているから、そのうえに濃い染料刷 毛をかぶせると、糊際がふやけて糸目際から若干染料が入り込む恐れがよくある。乾燥さ せては少しずつ濃い色を重ねる場合は、糊がまた硬化しているからこうした心配はまず生 じない。季節や糊の粘度にもよるが、7、8回程度の重ね染めではほとんど伏せ糊際が減 退することはない。


  
  6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
     13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具   1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
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