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 二曲屏風『夏日』

●1 受注

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(図1)ガラス机の下からライトを
当て、青花液で生地に下絵を写す。


風を受注することはさほど機会が多くはないだろう。たいていの画家もそうだが、昔と 違って今では注文がなくても作家というものはせっせと作品を日々制作する。それらはい つ売れるかはわからない。そうして溜まった作品を個展などで披露し、気に入った作品が あれば買ってもらうという生活が一般的で、買う人はすでに存在している作品の中から選 択するしか方法がない。これはキモノの場合と同じだ。既成品全盛文化ならではの、誰も 疑わない芸術品購入の唯一の方法のようになっている。このことの背景には、作家は購入 者の意向などに左右されずに自由に作るべきという芸術家上位の思いもある。購入者の意 見を聞き入れて作品をつくるのは芸術ではなくて職人のすることだという考えだ。そのた めに、作者に意向を伝えても、そんな面倒な注文に応えていられないと拒否される場合が ある。これは単にその作者に技量かないだけの場合もしばしばで、妙な自尊心だけは一人 前で、本当はどんな注文にも応じられるだけの幅広い能力がないだけの話であったりする 。つまり、自分の作風が気に入ってくれたのなら出来上がりの作品の中から買えばよいし 、そうでなければよそに行けということなのだが、ここではそんな作者のことは問題にし ない。あくまでも作者が発注者の意見を受け入れることが前提としての話だ。芸術品が芸 術家個人だけが勝手に作るということのほかに、ある程度は購入者の意向を聞き入れて、 その条件下で作ることも作者にとってはかえって新たな挑戦となって楽しい仕事になる場 合が多いのは事実だ。そうした外的要因が意外にも作者の新たな能力の開発を促すことが ある。それにそうした指定条件下で物を考えることは作品の方向性が定まって作者には作 りやすい環境が整う。これはキモノの場合も同様であって、着用者の好きな色や花といっ たある程度の枠を最初に設定してもらえると、はるかに作業ははかどるし、結果的に着用 者も満足の行くものができる。屏風も同様であって、部屋に飾って楽しむものであるから 、そこに購入者の望みを受け入れることは作者としては義務ではないだろうか。もちろん 、作者の作風や能力に合うと思える範囲内での仕事によるのは言うまでもないが。
 発注者と出会いがあって注文を受けた時は、どういった部屋のどこに置くかを訊ね、可 能な限りその部屋を訪れて環境をよく実感しておく。そして部屋に合わせてまず寸法やど ういう形にするかを相談して決める。予算との兼ね合いの問題とは別に、屏風が常に広げ られたままで設置されるのか、あるいは決まった季節毎のある一定期間だけ広げられるの かといったことは、制作の重要な条件になる。広げたままということはあまりないことだ と思うが、油絵と同じように考えられて何年間も同じ状態で広げ置かれる場合もないとは 言えない。そのような時は、日光や電灯がどのように作品を照らし続けるを考慮する。染 色品の運命として染料の褪色があるから、光に長期間晒される場合は褪色に強い染料を使 ったり、また少々褪色してもそれがわかりにくいような濃い色を中心に染めるといった気 遣いは必要だ。そうしたことを全く考えずに、売ってしまえばおしまいとドライに考える 作家もあるが、作品が人手にわたった時の状態でなるべく長く保たれるようなことを作者 は考えておくことは必要だと思う。そうはしても染料は褪色は免れない。しかし、これは 日本画の顔料とても同じことだ。ただ、顔料で描いたものと違って染料で染めたものは、 染色後に全体をよく水洗いし、そして和紙を裏打ちしているので、もし屏風表面が何かで 大きく汚れた場合は、表具を外して水で全体を洗うことが出来るから、絵としての表面は 日本画よりも汚れ除去にはるかに向いているとも言える。
 屏風は通常は比較的大きいので部屋の雰囲気を左右する。そのため部屋の他のインテリ アの色合いなどを考慮する必要もある。また、庭が大きく見え、しかも借景も立派といっ た部屋に置かれるならば、そうしたものとの兼ね合いからも絵がどうあるべきかが定まる 。結局はキモノの誂えの場合と同じであって、屏風を広げ置く部屋、生活空間をどのよう なものにしたいかといった購入者の意向に応じて最大限、屏風が引き立って部屋に調和す るような大きさやおおよその色合いを最初に決める。しかし、そうしたインテリア的な気 配りは全く無用で、作者の自由に芸術性を表現してほしいと言われる場合もあるだろう。 そういう場合でもおおよそどのようなモチーフを染めるかは指定されるだろうから、その モチーフを発注者の好みや部屋の条件を勘案して発展させ、そして小下絵を作る。出来合 いの作品の中から適当に見つくろったものを飾るのではなく、ある個人の生活に強く密着 した形で特別に発注して染められた屏風作品は、所有者を満足させるのみならず、作品に とっても幸福なことであり、もっとこうしたことが盛んになるべきではないかと思う。


  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
  6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具
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