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 二曲屏風『夏日』

●16 糊堰出し部の引染め

下の写真はクリックで拡大します。


(図1)糊で堰出しした部分を引染めする。



(図2)ぼかし染め用の刷毛。
上は主に型友禅の刷り込みぼかしに
最適な丸刷毛。毛先の直径が2センチ
程度の小型のものもある。
下も同様だが、より一般的なタイプ。
5ミリ幅程度の小さなものがある。


で堰出した部分は雲と花、それに屏風下方の濃い紫地となる部分や、屏風左扇下方の濃 いカーキ色となるゴッホのひまわりの模写区画などに大別される。どれも刷毛で一気に染 めるが、霧吹きで予め部分を濡らすことでぼかし染めをしたり、あるいは染料が濡れてい る間にぼかしで濃い色を小刷毛で挿したりするなど、絵を描く感覚で臨むこともある。筆 で彩色する場合とは違って、引染めする染料には泣き止めのアルギン酸ソーダの溶解液な どは混ぜない。また一度の引染めで終わるのではななく、少しずつ濃い色をぼかしで重ね たり、染まった部分の一部を糊伏せし、乾燥後に残り全体を引染めして色を重ねさらに一 部を伏せるといった、糊堰出しと染色を少しずつ繰り返して染める場合も多い。ここで述 べている作品では双方の方法を使用して大変複雑な染め方をしたため、解説もそうなりか ねないが、この項ではひとまず前者の方法のみについて以下に書く。まず、糊で堰出しし た部分が完全に乾燥し、ゴム糸目際にぴたりと糊が置かれていることを確認したうえで豆 汁地入れをするが、最初の豆汁地入れとは違って、生地の表側のみからでよい。最初の地 入れでの豆汁の効果が利いており、よほどのことがない限り、引染めの染料が生地裏から その糊際内部に浸透することはない。ただし、染料に浸透剤などをあまり混入しない場合 に限る。豆汁地入れが乾燥した後、引染め刷毛が及びそうな箇所にある糊の泡はみな潰し 、新たな糊で補強しておく。これは泡が潰れて引染めの色が入り込むことがきわめて多い からだ。そうした万全の準備をし、一方で必要な色を充分な量揃えて引染めするが、まず 作った色を半分程度の濃度にして引染めする。色がうすいために染料の分離が生じやすく 、刷毛むらが出来たりするが、あまり神経質になることはない。半分程度乾いた段階でむ らの中のうすい箇所には筆でそっと染料を載せてやればほぼ目立たなくなるからだ。また わざわざそうしたことをしなくても、乾燥後の二度目の同じ色の引染めでほとんどそうし た色むらは隠れる。色むらを防ぐには助剤を混入すればよいが、糊の堰出し部を引染めす る場合の最大の失敗は、糊際内に引染めの色が入り込むことであり、その危険よりかはま だ色むらの方がはるかによい。そのためにも作った染料を倍程度にうすめ、二回に分けて 引く。こうすれば仮に生地裏で糊際に浸透して、もうすい色であるので表側からはほとん どわからない。そして次の引染めでは少し糊分を混入するなどして、染料の泣きがないよ うにすればよい。豆汁地入れを裏面からも施して生地をもっと固くすれば泣きの心配もな いが、豆汁で生地が固くなるのは好ましくはなく、必要最低限の量にしたい。
 夏場は糊が早く乾燥し、場合によっては引染めすべき部分のあちこちにたくさんの引き つれた皺が寄ってしまう。あまりきついものでない限りは引染めした後しばらくすれば湿 り気が戻って皺もなくなるが、そうでない場合は皺を伸ばすために強い張りの伸子を加え る。また、乾燥の具合によっては糊表面に塩が吹き出る場合があるが、無視してそのまま 引染めしてかまわない。ここでは雲は濃い青色を中心に引き染めし、花部分、それに前述 した屏風下方の濃い紫色となる区画や、ゴッホのひまわり区画など全部をまず錆びた草色 に染め、その後、全体の下半分の高さ程度を少しずつうすい色をぼかしで染め重ねて濃く する。ここで断っておくが、ひまわりの花の中心である種子部分や葉、茎など全部がこの 草色系の濃淡で最終的に仕上がるのではない。この花全体に施した草色は、花弁を除いた ひまわりのどの部分にも、また濃い紫色の区画やゴッホのひまわり区画にも共通して存在 する基礎としての下地色ではあるが、次の工程でそのうえに順次別の色を重ね、最終的に は草色はほとんどその存在がわからないようになる。そうした染め重ねの手間をかけずに 、通常の友禅と同じように筆で逐一挿して行くことも出来るが、全体をまず一気に染める ことで花部分の色のトーンが整う利点があるし、糊堰出しの染めによれば、筆の彩色の場 合のような糸目際での色の溜まりが出来ず、もっとすっきりとした仕上がりとなる。糊伏 せに時間がかかって引染めにはあまり時間を要しないこの方法は、慣れれば友禅彩色でこ つこつと筆で糸目の画区域を挿して行くことに比べて時間的には大差なく、むしろその一 方で挿し友禅では得られない迫力ある効果が出るので、屏風作品にはよい。こうした堰出 しによる彩色はローケツ染が得意とする最大の技法だが、それよりはるかに時間がかなり かかるとはいえ、糊でも一応同じことは出来るし、さらにローケツでは得られない糸目効 果の同居も可能だ。ここで述べている屏風はそうした観点で作ったものと言ってよい。


  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
     17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具   1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
  6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  
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