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 二曲屏風『夏日』

●4 下絵

下の写真はクリックで拡大します。


(図1)原寸大の下絵が完成すれば、
広げて壁に貼る。



(図2)下絵の部分図。紛らわしい箇所は
色鉛筆で着色する。


モノの場合と同様、小下絵を作品の原寸大の下絵に拡大して描く。しかし、筆者は屏風の小下絵では、完成作で10センチ間隔に相当する枡目上に描き、そして下絵の使うロール版紙には裏面から赤のボールペンや鉛筆などで正確に10センチ毎に縦横に線を引くことで、小下絵を拡大する時に便利なようにしている。下絵用紙のロール版紙はそのままでは大きな幅の屏風には足りないことが多く、縦横とも紙を継ぐ必要がある。これはキモノの下絵用紙と同じ方法でよい。また、用紙は屏風の片面毎に別々に用意し、屏風の中央の蝶番い部分は屏風左右の面ともに用紙は2、3センチずつお互いに多めに寸法を取ってその部分では絵が重なるように描く。つまり屏風左右各面の2枚の下絵の蝶番いのある側は上端から下端まで2、3センチずつ余分に絵を描き、実際の染めもそのように余分を取る。これはキモノでの合い口の考えと同じで、蝶番いとして屏風表面から中に若干生地が回り込む部分が必要なためだ。その寸法は屏風の厚みによるが、通常は1センチ程度でいいのだが、生地耳は表具では切り落とすし、また伸子で生地端部に穴が開くことを考えて、最低2センチ以上はほしい。生地幅に余裕がある場合は、屏風片面の完成幅をちょうど生地の中央で取り、左右にほぼ均等に余分が生ずるようにする。ここで説明している屏風は四方の棧を除いて縦横170センチで片面は85センチであるから、生地幅はそれ以上で必要最低限として作られている96センチのものが必要だ。これで生地の両端に4.5センチの余裕が出来る計算だが、前述のように片側は蝶番い側で1センチは要し、その反対側、つまり屏風の外側両端部は棧に隠れるとしてもやはり同じ程度の余分は最低必要となり、伸子の穴などのことを考えるとこう数センチは作業上からはちょうど程度のよいものと言える。また、棧を使わずに染めた生地をそのままぐるりと屏風の厚み部分まで覆わせて見せる表具方法もあって、この場合は屏風の厚みとさらに屏風の裏面数センチまで貼り込む必要上、最低でも4、5センチは要する。したがってこうした桟なし表具の場合は生地幅の両端に均等に余分を見込まずに、蝶番い側を2センチ程度にし、残りを全部もう片方の側に回すことにする。また、これは蛇足かもしれないが、ロール版紙を継いで下絵用紙を作る場合、その継ぎ箇所は屏風の両面とも同じ位置にする。つまり左右の下絵用紙を表面を中にして重ね合わせた時に、ぴったりと継いだ箇所が一致するのがよい。これは大きな用紙では今自分がどこを描いているかわからなくなることがしばしばしで、そういった時に継ぎ箇所がひとつの目印にもなるからだ。
 小下絵を拡大して下絵を描く時は写生帳を手元に置きながら形をよく吟味することは言うまでもない。これは写生っぽい形をそのまま使わず、かなりデフォルメして描く場合でも同じことで、写生の形が根本にあることを常に認識するのがよい。同じモチーフを何度も手がけたことで手慣れればそうした写生はもう必要ないと思いがちだが、手慣れがそのまま悪い意味での文様としての膠着化となって精気のない絵に堕することがある場合を自戒しておく方がよい。かといって反対にいつも写生の形ばかりにこだわり過ぎて、逆に奔放さに欠ける場合もあるから、写生と下絵における決定稿としての形の相関は、なかなか一筋縄では行かない問題だ。日本画でも比較的大作は小下絵、そして原寸大の下絵を作ることは当然のことだが、完成作とそれらの草稿類を並べて展示されているのを見れば、確かに完成作には侵し難い品格が感じられる一方、小下絵や下絵にも作者のもっと自由な別の生気が存在していることがしばしばある。これから言えることは、どのように描いたものであれ、固有の価値があり、完成作が小下絵や下絵が内在するすべてのものを決して持ち得ないということだ。言い換えれば、小下絵や下絵にあった何かを失って完成作が生まれる。これは仕方のないことであり、であるからといって小下絵や下絵なしにいきなり緻密な本画を描くことは出来ず、仮にそれが出来たとしてもそれは小下絵的な味わいのものになるということだ。ただし、この小下絵的な本画が小下絵、下絵の過程を通した本画より必ず劣るものであるとは言えないところにまた絵の難しさと面白さがある。
 友禅屏風はその技法からして最初に決めた工程どおりに着実に制作して行かなければ失敗が多い。また制作には多大の日時を要するし、生地や表具の費用も馬鹿にならない。そのため本番の染色での失敗を極力避けるために、小下絵や下絵で万全の準備を整える心がまえは大切だ。そして、この下絵の完成によってほとんど仕事の半分以上は終わったも同然と言える。キモノの下絵を人の体にまとわせることでおおよその完成作の柄配置を吟味することと同じように、屏風の下絵も鉛筆で描いては用紙を壁に貼り、やや離れたところから眺めておかしい部分を修正することを何度も繰り返す。もし同じようなサイズの屏風が手元にあれば、そこに直接下絵を簡単にテープで留めるなりして、完成作をイメージすることが望ましい。これはいくら小下絵で完成作の構図などを決めても、実際それ自身で立つ屏風となると、また見る位置の高さが変わって、構図の微妙な変更をよぎなくされることがあるからだ。また屏風は撮影時以外は完全に平らな状態で広げられることはなく、必ずある一定の角度を持った状態で設置されるから、そうしたことも通常の平面作品とは絵の作り方が異なる。小下絵は紙に寝かした状態で描かれるから、どうしてもそこに完成作との差が生ずる。そのため、小下絵を小さな屏風のように折り曲げて立てることで構図を考えることも時には必要だ。完成した鉛筆描きの下絵はそのままで次の工程に用いてもよいが、紙全体がかなり黒く汚れ、また皺もたくさん寄っているから、余裕があればもう一度同寸の用紙に墨で写し直すのもよい。あるいは完成した鉛筆の線を墨でなぞって、その後で全体を消しゴムできれいにする。使用する鉛筆などはキモノの場合と全く同じでよい。


  1,受注
  2,写生
  3,小下絵
     5,白生地の用意
  6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具
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