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 二曲屏風『夏日』

●6 青花写し

下の写真はクリックで拡大します。


(図1)白生地の横糸に沿って10センチ
間隔で水平線を青花で引く。



(図2)ガラス机の下からライトを当て、
生地に青花液で下絵を写す。


絵を生地に青花液で写し取ることはキモノの場合と同じで、要点はそちらの『工程』で充分尽くしているのでここでは詳述は不要だが、キモノでは行わない筆者の方法を述べておこう。それは下絵を写す作業に入る前に、生地の表側に下絵と同じ10センチ間隔の横段を青花で描くことだ。この作業は、小下絵を拡大して描く時の目安とした下絵裏面に引いた赤い線にぴったり合わせるために便利で、これがあることによって、生地の横糸の水平具合を保ちつつ、厳密に下絵と同じ絵を写し取ることが容易になる。もし生地にこの10センチ間隔の青花線がなければ、下絵を青花で全部写し終わった後、ある部分を見た場合、それが生地のどのあたりの箇所に相当するかが把握しにくい。キモノの場合は生地幅が小さく、また褄高の箇所に糸印をつけるなどするため、糸目作業中にキモノのどのあたりかはよく認識できる。ところが背丈に近い大きな屏風となれば、糸目作業中は該当する部分だけを広げて他は巻き取った状態であるため、全体のごく一部しか目に入らず、全体の絵を脳裏に描きにくい。そういう場合に10センチ間隔の青花線があれば、仕事の進行具合が絶えず目に見える分量としてつかめる。これは、筆者が大幅生地の糸目では必ず屏風の下端か上端から順に作業を進め、仕事の休止の区切りとしておおよそこの10センチ間隔毎を決めているからだ。たとえば屏風片面の最上段の10センチ内にある糸目を全部完了するのに2時間要したとすれば、170センチ角の屏風ならばその34倍の時間を要すれば全部の作業が終わるという見通しがつく。ただし、誤解のないように書いておくが、実際の絵の区切りはこの10センチ間隔とは無関係であるから、10センチ高さの横段毎に区切って糸目を終えて行くというのではない。ある花や枝が30センチの高さに跨がっている場合はごく普通のことであって、作業のしやすい、また糸目を途中でひとまず中断しても差し支えないような箇所で仕事の区切りをする。つまり、屏風全体の広い面積のあちこちを少しずつ手がけるのではなく、屏風の上端か下端かのある程度まとまった絵の区域から順に糸目を完成させて行く。文字ではなかなか表現が難しいので理解しにくいかもしれないが、この場合、糸目の終わった箇所の生地を巻き取って行く必要があるので、まとまった絵の区域がいくつかあるなしにかかわらず、10センチ高さ単位での生地幅全体を完成させて行くのは言うまでもない。それで、その時に10センチ間隔の青花の水平線が生地上に描かれていれば便利というわけだ。
 また、青花写しの最中にもし下絵と生地上の青花が若干ずれたとしても(実際こういうことはしばしばある)、それは10センチ単位以内でのこととして収めることが出来るから、絵の全体が一方的にどちらかの方向に大きくずれ、後々に困ることは絶対に生じない。つまり、もう説明するまでもないと思うが、下絵の青花写しは下絵の10センチ間隔の線と生地上の青花の水平線を10センチ毎に一致させつつ行なうことを意味している。そして、下絵には10センチ間隔の縦横線を引いておいたが、青花では縦方向は無視して横線のみで充分だ。これはあってもかまわないが、生地幅が90センチそこそこでは全体を見わたせるためによほどの何か重要な目印がほしい場合以外は不要だ。ただし2枚折り屏風ではその中央の蝶番いで合わさる縦方向だけは、左右の面とも正確に生地耳から同じ寸法を取って上下端に縦方向の1センチ程度の印をつけておく。この印は表具屋が屏風の中央の折れ目を確認するために必要なもので、この上下の印を直線で結んだ縦線が、キモノの合口に相当する屏風の中央線で、この縦方向のみ青花で直線を引いておくのもよい。そしてこの線から左右の面ともお互いに耳側いっぱいまでに相互の絵柄を写し取って糸目、彩色まで行なう。ところが、真綿紬は生地耳が正確な直線ではなく、あちこちへこんだり出たりしているため、生地の縦糸横糸の歪みがなく、また皺がないように置いた状態で生地耳から4、5センチ入ったところを屏風の折れ目の線にしておけば、多少の生地耳の凸凹があっても問題がなくなる。生地購入時に生地耳付近で横糸がたわんでいる場合が多いが、これは糊分が少し残留していることが原因でもあり、張り木に取りつけたりして仕事を順に進めて行く間に直って、染め上がった時にはすっかり解消されている。このことから、白生地段階で生地耳付近にたわみがあれば、そのままの状態では青花の水平線を引かずに必ず文鎮などを用いてたわみを強制的になくした状態で直線を引く。たわみが少ない場合はさほど影響はないが、生地耳から4、5センチ以上の内部までたわみが及んでいる時は、最終的に中央部で絵が合わない原因になるから、この作業はかなり面倒ではあっても時間をかけても正確を期する方がよい。
 このように10センチ毎の青花線は、生地を平らなところに広げてその上に下絵を置き、10センチ毎の赤線の両端を目印にして生地に順次青花で印をつける。つまり、わざわざ生地に10センチずつ物差しで計って印をつけるのではない。そうすれば下絵の10センチずつとは微妙に差が生じてしまう。あくまでも下絵を写し取るという意味で考え、10センチ間隔も下絵のそれをなぞることにする。ただし、両端の印のみ写し取れば、後はその印を結ぶ直線を長い定規を使って引く。この場合にそれがなかなか10センチ間隔ぴったりとは行かない場合が多いが、屏風の上端と下端はしっかりと把握出来てさえいれば、中間部で数ミリ程度の下絵のズレが生じても全体にさほど影響はない。ただし、屏風中央線で絵が合う必要があるので、それだけは注意をする。ローケツ染の作家が屏風を染める場合、左右の面を中央線で糸で縫い、そのまま生地全体ををたくさんの押しピンで木枠に四方から広げて張った状態で作業をする。そのため中央部で絵が合わないことはほとんど起こらないらしいが、友禅ではそうした作業が出来ず、張り木と伸子を使用して左右の面を縦方向のひとつながりの生地として扱うほかない。筆者がここで述べている方法はキモノの制作で培った方法を応用したもので、屏風中央線での絵合わせに腐心するのも、キモノでの厳密な合口の絵合わせに慣れたゆえと言える。生地そのものが3パーセントほど最終的に伸びることを思えば、青花段階で数ミリの青花写しの狂いに戸惑うのはどこか笑い話じみているが、友禅が1ミリ以下という細い糸目が根本としてある仕事だけに仕方のない話なのだ。
 10センチ間隔の青花線を引く場合、生地全面が同じ張力で水平に置かれた状態でなければ、部分的に誤差が生ずる。そのためにも屏風に使用する生地は必ず全体を同じ巻きから切り取ったものでなければならない。そうはしても誤差は出やすい。キモノのように地紋が入った生地であれば、地紋の数を数えて左右の面をぴったり同じものにすることは出来るが、真綿紬は横方向の糸の織りはかなり目立ってはいても、それは不規則な縞模様であって、地紋として寸法取りの目安にすることはできない。とはいえまだ真綿紬はましな方で、もっと細かい無地の生地目になれば、水平線ですら見分けにくくなる。また、下絵を写し取って行く過程で、キモノとは違って生地幅が大きいこともあってなかなか作業がしづらく、巻き取った部分が机の上にあって邪魔になる。これを避けるためには巻き取った部分を机手前の膝の上に置けば済むが、そうすればちょっとした動きで生地の位置がずれてしまって全く作業ははかどらない。これはキモノの青花写しでは机の長手方向に沿って反物を置き、青花中は巻き取った部分は机の両側下に落ちていたのが、広幅生地ではガラスの幅の広い面に生地の広い幅を合わせるためにちょうどキモノの反物とは横糸方向が90度違うためにどうしても生ずる作業のしにくさだ。これを解消するには各自が経験から学べばよいが、筆者はガラス机の手前両端にL字形金具を取りつけて巻いた生地を両端で受け支えている。これで巻き部分を机表面とほぼ同一高さに保ちつつ机と自分の胸の前の間に絶えず置く格好となり、両腕を邪魔されずにガラス机の上に置いて青花写しにすっきりとした状態で専念出来る。ただし、こうするには固い巻き芯(ボール紙製の中空の筒)に生地を巻き取る必要がある。キモノの巻き芯は入手しやすいが、広幅の巻き芯は生地を切り売りで買った場合はもらえず、特別に生地屋に頼むなりして入手する。これは巻き取る側と巻き取られる側の2本を用意し、ちょうど巻き物を鑑賞するような格好で生地を少しずつ繰り出しては糸目を引き、そして終わった段を順に手前側に巻き取って行く。また、生地は左右の面それぞれに断ち切らずに、つながったままの状態で屏風の上端を突き合わせた格好で青花を写し、その後もそのまま作業を進める方がよい。本当は左右の面を切り離した方が中央部の絵合わせが青花段階で確認出来てよいが、真綿紬は後で縫いつけても切ったところから糸のほつれがかなり生じやすく、また縫った箇所が縫い方の不揃いさによって、伸子で張った後もたわみが出やすい。そうなれば地色の横方向のぼかし染めの際に影響が出たり、湯のしの際に不具合も生じることがある。そのため生地は染め上がった最後、表具屋に出す直前に切ることにする。また、これは次の「糸目」の工程でも述べるが、真綿紬は比較的厚手であるために、ガラス机を通しても下絵が見えにくい。キモノの場合なら適当に生地を下絵からめくり上げて下絵を確認出来るが、広幅ではそれもしにくいため下絵の確認が疎かになって間違った線を引くことがある。この場合、水で消すことはせず、そのまま×印を線上に記すなどして糸目の際に間違いのないようにする。水を部分的に使用するとそこだけが縮んでしまい、後々の工程で困る恐れがあるからだ。


  1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
     7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具
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