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 二曲屏風『夏日』

●8 地入れ

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(図1)生地裏から揮発油で拭く。


目が終われば、生地の両端に乳布を縫いつけて張り木に取りつける。真綿紬は切った箇所の横糸がほつれやすいので、乳布は生地端から最低8ミリほど入ったところに縫いつける。使用する木綿糸や縫う間隔はキモノの場合と同じでよい。乳布はどんな生地でもかまわないが、ほつれ具合の少ない生地である方がよいのは当然だ。広幅の乳布がなければキモノの反物の生地をつないだものでもよい。乳布の高さは5センチはぎりぎり最低ほしい。これが少ないと、引き染めの際に刷毛に含ませた染料が乳布ばかりではなく、張り木の表面にまでたっぷりついてしまう。それでも別にかまわないとも言えるが、何かの拍子に張り木表面に付着している染料が生地に染まることがある。染料がついて意味のない箇所には極力つけるべきではなく、その意味からも染めるべき生地と張り木との距離はある程度は必要だ。乳布の高さが仮に5センチならば、そのほぼ中間に張り木の針穴が来るから、そうなれば作品の生地と乳布を縫い合わせた線までは2センチとなって、この数値から張り木の針穴から張り木端までの距離を引くと、ほとんど張り木際と作品端の距離は5ミリ程度になる。これではやはり少ない。張り木に張った状態で生地を裏返せば、その理由がわかる。生地の表側は5ミリでもどうにか仕事に差し支えがないとしても、豆汁地入れは当然生地の裏面からも行なうから、その時に張り木が邪魔して生地端までは刷毛が届かないのだ。これは言葉で表現してもわかりにくいが、要するに生地を張り木に取りつけて張った状態では、張り木全体がその断面から見て下側(張り木の針がついている方の木で、こちら側を下に置いた状態で生地を取りつけ、その上に針穴を受ける穴の開いた方の木をはめ込むことで生地を取りつけて張る)が、上側よりも張った生地側に強く傾くため、生地の表側と裏側では張り木との距離が異なるということだ。乳布などけちらずにもっと余裕を持った高さにすればいいようなものだが、そうすると今度は張り木に取りつける時、針穴から乳布縫いつけ線までの距離が生地幅全体にわたってどこでも均一にすることが難しくなる。これも別に凸凹していてもかまわないようなものだが、張り木に生地を取りつけて強く引っ張った時に、やはり全体にわたって生地の横糸がどこも真っ直ぐである方がよい。横糸がたわんだ状態で張り木に張られていると、地色のぼかしを横糸方向と水平に染めようとする場合、作業が困難となって、最終的に屏風に仕立てられた時に水平であるべき色の境界がたわんだ状態になってしまいやすいからだ。あくまでも完成作と同じようにぴんと横糸が直線になった状態で生地を張り木に取りつけるには、乳布の高さやその縫いつけ方、それに張り木の針穴に均等な位置でということを心がける必要がある。
 張り木はキモノの反物用と構造は全く同じで、それをもっと長くて太くしたものを使用する。張り木は60セセンチ程度のものやヤール幅用、それに130センチのものもあり、伸子もそれぞれ張り木に合わせたものが売られている。大は小を兼ねるの考えで、大きな張り木がひとつあれば、それより小さい幅の生地は何でも使用可能なように思いがちだが、実際に作業してわかるように、生地幅に合った張り木を使用するのに限る。伸子は同じヤール幅用でも何種類かの太さや長さのものが用意されている。あまりに細いもの(それでもキモノ用より太い)は真綿紬のような厚手の生地ではほとんど意味をなさないので、キモノの反物用の大張り伸子にほとんど転用出来そうなくらいの太めの伸子を使う。ただしこれはその分重いし、また針もちょっとした釘かと思える太さがある。そのため生地に取りつけた時ははじけ飛ぶのではないかとひやひやするが、そうしたものでないと生地はぴんとは張ってくれない。この伸子を筆者は、糸目で印をつけた10センチ毎の目印の位置上に取りつけ、20センチ間隔で用いている。10センチ間隔にする箇所も時にはあるが、全体にわたって10センチ間隔では伸子が40本近くなるから、そうとうな重量となって生地の長さ方向ではいくら強く引っ張ってもなかなか水平にはなってくれない。また、この太めの伸子は針穴を大きくし、小さく裂いてしまう場合もあるが、生地耳から5ミリ程度の位置ならばはじけることはない。また、キモノの場合とは違って、ヤール幅の4メートル近い生地を張り木と伸子で張ると、それだけでも充分に重いのに、全体に水分を含ませればさらに重量は増す。これをロープ1本で出来る限り水平を保ようにピンと張る必要があるのだが、張り木にはかなりの力がかかって張り木全体は大きくたわみ、中間部では上下の木が1センチ近く離れた状態になってしまう。この時、生地が張り木にどうにか取りつけられているのは、上側の木による押さえの力ではなく、針穴箇所で生地が止まっていることによる。だとすれば上側の張り木は意味をなさないようだが、実際は生地の両端では張り木は密着しているから、そういうことはない。またロープ1本の張りでヤール幅の生地が傾かないようにするには、強い張力と張り木のロープ取りつけ箇所の微調整が絶えず必要になる。ロープはキモノ用の張り木と同じものでよい。
 生地を張り木に取りつけ、生地裏面から伸子も張った状態で揮発地入れを行なうが、これはキモノの場合と全く同じだ。換気に充分注意し、また静電気が発生しないようする。ヤール幅では張った状態で生地のこちら側半分しか手が届かないから、取りあえず生地長さの縦半分を地入れし、次に反対側に回って残り半分を行なう。この時、生地中央付近は2回地入れをしてしまうことになりやすいから、絵をよく見て、どのあたりまでを揮発で拭いたかを覚えておき、反対側に回った際になるべく揮発で濡れる箇所がだぶらないように心がける。たまに揮発の浸透外際にうっすらと輪染みが出ることがある。これはそのままで影響のない場合もあるが、引き染め後にまで影響することもあるから油断は出来ない。そのため、そうした際跡はその箇所をもう一度ごく少量の揮発を染み込ませてぽんぽんと輪染みをぼかすような感じで裏面からたたくことで馴染ませる。また揮発地入れは生地耳付近の10センチ毎の目印にまで施す必要はない。


  1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
  6,青花写し
  7,糸目
     9,色糊置き
  10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具
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