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 二曲屏風『夏日』

●5 白生地の用意

下の写真はクリックで拡大します。


(図1)真綿紬。
この生地は耳の区域が
はっきりしていない。


地には大きく分けて、天然のものと化学的に作られたものがある。前者には木綿、麻・絹など、さらにはそれらの混毛ものもあり、また織り方や漂白の有無などによって種類が細分化されるし、織りの特別な文様が入るものある。しかも生地幅も各種あるから、そうした豊富なものの中から作品に応じて自分が染めやすいものを選ぶ。木綿や麻の植物繊維と、絹の動物繊維とでは染料が異なるし、またそれによって技法が大きく左右されると言ってよく、繊維によって染色が拘束される側面をさまざまな繊維や染料を使用することで、作家は自分に適したものを感得して行くほかはない。したがって、染色における絵のあり方の問題は、技法から一方的に見ることで論じられるものではなく、現実に存在している使用可能な繊維の面からも少なからず影響を受けるため、ここにまた日本画や油彩画以上に複雑な問題が存在していると言える。友禅染でどのような生地が用いられるかは、糸目の効果がどの程度まで発揮できるかという問題にもっぱら関係しており、木綿や麻であっても比較的生地の目が詰まっていて、しかも生地があまり厚くない場合は作業が可能なことが経験的にわかっている。しかし、麻の場合はかなり太めに糸目を引かなければ防染効果が期待出来ず、また織り目の荒い麻生平地には糸目はあまり目立たず、こうした厚手の麻と友禅は相性がいいとは言えない。しかし、それを逆手に取って新たな表現効果は可能であるから、作家の工夫次第では目の荒い麻でも面白い友禅染が出来るかもしれない。このように、生地毎にそれなりに染色方法が限定される向きがあって、細かい文様表現に特長のある友禅は、繊維の目が細かくて、糸目の効果が裏まで浸透しやすい薄手の生地が最も仕事がしやすいことになる。
 キモノの場合は通常は絹の反物に友禅を施すのが習慣になっているが、これが屏風となれば事情が違う。まずキモノの生地幅では屏風の大きさが限定されるため、より大きな幅の生地が必要になる。キモノと同様に屏風を立てた方向から見て、生地の織り目が横段、つまり生地耳が左右に来るように生地を当てがう。これは丈が幅より低い風炉先屏風でも同じで、生地の横糸方向をそのまま屏風の水平方向に持って来る。大幅の生地にもキモノの反物のように決まった寸法があって、それぞれの寸法で豊富に用意されているかと言えば、実際は全くその反対で、脳裏に描く寸法の生地を探すことに苦労する場合が多い。木綿や麻、絹の違いによって大幅の寸法もまちまちだが、だいたい50センチから150センチまでの範囲がある。それ以上になると専門の業者を探して別注で織ってもらうしかない。生地幅はさまざまあるとはいえ、50センチ前後の次はいきなりヤール幅の92センチ前後のものとなり、その中間の70センチ前後のものがほしければヤール幅のものを使うしかない。ヤール幅のものがあればだいたい2枚折り屏風には使用できるので、筆者はそうしたものの中から選んで使用している。また高さが120センチ程度の小振りの6曲屏風になれば、各面は50センチ程度で済むので、ヤール幅のものではなく、それに最も近くてあまりの少ない生地を選ぶ。生地幅が小さいほど作業はしやすいから、生地幅に余分があっても困るのだ。またヤール幅の生地の端を切り落として作業すると、その切り落とした部分の繊維が作業中にほどけて来て、それが煩わしくなって支障を来す場合がある。そのため、生地はなるべく購入した状態の、両端に耳があるままで使う方がよい。しかし、作品にちょうどよい寸法の生地が入手出来ない場合は大きい生地幅のものを使うしかなく、その場合は生地を切落とし、その箇所全部を細かく糸でまつって縫うことで繊維がほどけにくいようにしておく。また、屏風の形は作家の自由であって、各面がつなぎ目のない大きな幅の生地で染められる必要はない。そのため、小さい幅の生地を継いで大きな屏風を染めるという発想も出来る。だが、これは自分で微妙な裏打ち作業が出来る場合は別として、そうでない場合は表具屋との密接な打ち合わせが必要だ。この生地を継ぐ方法はもっと試みられてよいかもしれないが、年月を経て、和紙の裏打ちによって生地の切断面を突き合わせ的に継いだ箇所がめくれ上がってくることは当然予想され、その脆弱性を思えば二の足を踏みたくなると言えなくもない。しかし、作品の部分を切り抜いてそこにぴったりと同じ寸法の別に染めた布地をはめ込んだ作品や、染め上がった作品を細く切り、それを元とは違う構図で並べ変えた状態で全体を裏打ちして見せるという作品もあり、裏打ち技術の応用で染色作品がさらに複雑な様相を呈することも視野に入れておきたい。
 さて、ここで述べている屏風では95センチ幅の真綿紬を使用した。これはところどころに糸継ぎのシボがあり、その点は糸目の作業に困るが、繊維の横縞模様が均質ではないために温かい表情がある。またその織り目がはっきりとしていることが屏風の絵の水平線の目印にもなってつごうがよい。だが、この生地は、糊伏せ糊が完全に乾燥し、それを紙をたたむように曲げた場合によく織り目の繊維が裂けてしまう場合があるので、蒸し工場に出す際には特別に注意を要する。もしそのように生地が裂けてしまえば、かけ継ぎ屋に依頼するか、あるいは失敗としてもう使用できないかのどちらかであるため、糊の乾燥後の作業でこうした問題がなるべく生じない強い生地を選ぶ方がよい。これには同じ紬でも白山紬と呼ばれる、しゃきっとして目の細かい光沢のある生地がよいが、この生地は皺が寄ると湯のしでもそれがなかなか元どおりに伸びないのが欠点で、屏風にした際の裏打ちでも皺は完全になくならない場合がしばしばだ。こうした生地の特徴や問題点は自分で習得して行くほかはなく、そのため自分の作風に最もしっくりと来る生地を得るには年月を要する。また、紬にこだわらず、他の絹、たとえばキモノの反物にあるような縮緬などを使用するのもよいが、これは伸縮率が紬に比較してきわめて大きいため、筆者は敬遠している。キモノの場合なら多少の伸び縮みは仕立ての際にどうにかなるし、着用にも問題はないが、寸法を厳密に決めて屏風の内側の木製の台を誂えるわけであるから、作品はぴったりその寸法どおりに仕上がらなければならない。縮めば生地が足りなくなり、また伸びれば構図の上端か下端を少し切り落とす必要が生ずる。こうした当初の小下絵や下絵とは違う絵として完成することは極力避けねばならないから、使用する生地は伸縮が少ないものを使用する。しかし、伸縮しない繊維は存在しないから、要は最初の白生地と同じ寸法で最終的に仕上がってくれればよいわけだ。だが、これはなかなかうまくは行かない。
 生地にもよるが、筆者が使用しているヤール幅の真綿紬は最終的に3パーセント伸びることを確認している。そのため、小下絵を下絵に拡大する段階で、この3パーセントを勘案して、その分の丈を縮めた形で絵を描く。170センチの高さであれば下絵を5センチ圧縮する必要があるが、これがまたやっかいな問題なので、たとえば完全な円形を染めたい場合、それは3パーセントだけ高さを低くした偏平な楕円形に描かねばならない。こうすることで完成作では完全な円形になる。しかし、これは筆者の経験であって、別の人が同じように染めてもそのように伸びるとは限らない。糊伏せや引き染め後に張り木をどれだけ強く引っ張るかという作家の癖にも少なからず関係しているからだ。また、どの生地でも同じように3パーセント伸びることはないから、自分にとって新しい生地を使用する時は、伸縮によってまずいことが生じてもそれが回避できるような絵や構図を下絵段階で考えておく。かちっとした硬い紙に描くのではない染色ならではの苦労と言えるが、実は表具段階でもまた伸縮が生じて、当初想定した下絵とぴったり同じようには仕上がらないことがある。予め表具した金屏風にそのまま画家が筆で水墨画を描くことに比べると、友禅屏風は信じられないほどの予期せぬ多くの事態の中をくぐり抜けて作品が生まれる。これは作家が完全に最終的な完成までを統率できないことを意味し、そういうことも友禅屏風を作ろうとする作家が現われにくい一因とも思える。同じ友禅技法ではあっても、屏風の場合はあまりにも未知の事柄が多く、最終段階での表具という工程があるため、表具屋と長い関係を持たなければ自分の期待するものを実現してもらえない。自分で表具まで手がければよいかもしれないが、複雑な屏風の裏ち作業を思いのようにこなすのはそれなりの習練の年月が必要で、それは簡単なことではない。
 話を戻して、同じ真綿紬であっても買う時期が違えばそれは工場での精錬時の条件も違って、生地の伸縮率も微妙に異なる。また生地を買って長期間保存している間にも伸縮は生じるから、屏風を染める場合は、必ず屏風の各面は同じ時期に同じ反物から切り取った生地を使用する。そうでないと、片面のみ伸びが異なって左右の絵が蝶番い箇所で合わない事態が生じる。これは実際に経験したことだが、絵が合わないために表具屋に3度もやり直してもらってどうにか望みのものに調節してもらったことがある。この場合、そのたびに表具代を要するから、ちょっとした油断で予想外の大出費を被る。生地の用意はこのように後々までの仕上がりを左右するから、慎重のうえにも慎重を期したい。生地は糊抜き精錬済のものを筆者はなるべく使っているが、生なりの木綿地を買って、それを自分で漂白して使用する場合もある。また、あえて生なりのままで染める作家もあるが、それは独特の黄ばみを効果として利用するためだ。しかし、生なりは糊分が付着していてごわごわするし、浸透剤を入れない限り、なかなか染料が裏にまで染み込まず、また色むらにもなりやすい。漂白の方法もいろいろと度合いがあるが、簡単にするちはそのまま生地を一晩風呂場の水にでも漬けておけばよい。それだけでも水はかなり黄色くなる。その後水洗いして乾燥させる。だが、こうして用意した生地は幅が整っていない場合があり、アイロンや湯のしでもそれがうまく行かず、大きな屏風作品の使用には面倒が生ずることがある。また、広幅の生地はお金に余裕があればメートル単位の切り売りではなく、ひと巻き全体を買う方がよい。これは24メートルほどあって、180センチ各の2枚折り屏風ならば6点制作できる。つまり6曲1双ならばちょうどという分量だ。


  1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
     6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具
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