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 二曲屏風『夏日』

●20 糊抜染

下の写真はクリックで拡大します。


(図1)染まっている箇所を抜染剤を
混ぜた糊で伏せて色を抜く。


蒸し後の水元、乾燥が終わると次はひまわりの花弁など、筆による彩色となるが、前項 で述べたように、初めて小下絵とは違った実物大として全体の色合いが目に見える形で出 現し、あちこちの配色の具合を考えてもし気に入らないところがあれば修正が出来る段階 にある。これは小下絵で計画したとおりに仕上がらないという消極的な場合とは反対に、 小下絵では考えなかった複雑なことをもっと加える積極的な変更もある。そして、ここで 述べている屏風では当初予想したように、雲の部分をさらに奥行きと動きのある表現を加 えることを実行した。したがってこの方法は必ずしもこうした屏風表現の工程においてこ の場で必要なものではなく、糊による色抜きという独立した技法としてさまざまな場面で 応用が効くものだ。小下絵や下絵段階において雲の形の重なり表現は、色糊と次の糊堰出 しにおけるふたつを想定していた。それ以上の染め重ねは糊堰出しが済んだ仕上がりを見 た段階でまた様子を見て考えようと決めていた。それは、この屏風は雲のみで複雑な表現 をするのではなく、あくまでも主役のひまわりの背景のひとつとして関連しているもので あるから、地色やひまわりの色がかなり決まってからでなければどのような表現が最終的 にふさわしいかわからないためだ。また、染め重ね行為は色を重ねるたびに絵の形を少し ずつずらして変化させても、色の重なった箇所はどうしても彩度が落ち、しかも濃くなる 。ところが雲は本来軽やかに表現すべきものであり、あまり染め重ねによる重苦しい色合 いになってはならない。青い色糊と次の糊堰出しによる色の重ねによって、必然的に当初 の青い色糊で染まった明るい部分は減少していて、このうちのある程度の面積を元の明る さに戻す必要を感じた。そのため、また新たな雲の形を染め上がっている箇所に青花で描 き、抜染剤を混入したネバ糊を置くことでその部分を少し色抜きすることにした。これは 青い色糊を置いたのと同じ感覚で、違うのは糊を置いた形どおりに色が染まるのではなく 、そこに染まっている色が抜けることだ。ただし、真っ白に抜けるのではない。真っ白に 抜きたいのであれば最初からそのような下絵を描いて糊伏せをした。ここでは青や赤、紫 に染まっている部分を全体に濃度が落ちる程度に色抜きをすることを考えた。これはネバ 糊に対する抜染剤の割合を少なめにするのだが、あまりに少ないと効果がない。そのため 、小裂で試し抜きをしてから行なう。使用後にあまった抜染糊は他に使い道がないのです ぐに処分する。ここで述べている雲程度では茶碗半分程度で充分であるので、あまり作り 過ぎないように心がける。
 ネバ糊にロンガリットの粉末を混入してよく攪拌し、充分に粉末が溶けた段階ですぐに 使用し、糊伏せの場合と同じようにおがくずを撒いて乾燥させる。本来ならば蒸し工場に 持参して蒸しをするのがよいが、ここでは雲のごくわずかな面積であるので、乾燥後に蒸 気アイロンの蒸気をかけることで色を抜いた。張り木に張ったままの状態で蒸気を裏表か らまんべんなく当てると、数分間もすれば色が抜けるのが目に見えてわかる。ロンガリッ トの混入率にもよるが、蒸気を当てる時間をあまりかけ過ぎると色はますます抜けるので 、この程度でよいと思うところでやめる。抜染糊に蒸気を当てると喉や目を痛める刺激臭 のあるガスが発生するので、換気を充分に行ない、またガスを吸わないようにする。また 霧吹きで水分を糊表面に当て、糊のうえにアイロンを直接当てて蒸気を発生させることは しない。こうした場合、色が糊を置いた雲の形からはみ出して抜けてしまうからだ。また 、これもロンガリットの多さによるが、糊が乾燥した段階ですでにかなり色が抜けている 場合がある。これはネバ糊の湿度が乾燥する間にロンガリットと反応することによる。も しその抜け具合でよい場合は蒸気を当てる必要はない。色抜きはいくら蒸気を当てても家 庭における蒸し程度では山吹色になった段階でとどまり、白生地の状態には戻らない。こ の山吹色の抜け具合はそれとわかる独特のいやな色合いをしているので、そこまで色抜き をせずにほんのりと色がうすくなる程度の効果をここでは求めた。色抜きが終わった段階 ですぐにまた浴槽に水を張って水元をするが、ロンガリット成分が残存しないように、ま た何度も水を替えながら糊落としをする。この雲の抜染糊だけのためにまた水元をしなけ ればならないのはかなり面倒な気がするし、実際この抜染は最終的な湯のしを終えた後で も可能な工程なのだが、糸目がまだ存在していてしかもまだ彩色する箇所も残っているこ の段階で行なうのが手間や危険性の少なさから考えても最もつごうがよい。ロンガリット は特有の臭いがあるので、水元ではその臭いが感じられないようになれば安心だ。そして 洗い終わった後、ふたたび張り木に取りつけて乾燥させる。結局このようにして雲は3回 の糊の効果によって完成を見たが、整理すると、最初の青い色糊、次に糊で堰出して雲の 周囲を染め、そして抜染糊によって一部を明るくするという、3つの雲の絵と3種の染色 方法が混在した、雲全体としては自分でも再現不可能なほどの色合いを含む複雑な効果が 得られた。この雲における染色方法のみによってももうひとつの別の作品が出来るほどだ が、ここではひまわりの花を染めるのに合わせて必要最低限の蒸しや水元行為の中で同時 に雲も完成するように工程を考えた。


  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
     21,彩色
  22,ロ−堰出し
  23,墨流し染め
  24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具   1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
  6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  
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