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 二曲屏風『夏日』

●23 墨流し染め

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(図1)葉の一部をローで堰出しし、
その後に顔料液で墨流し染めを施す。


こで述べている屏風におけるローの使用は補足的な表現と言えるが、それでも小下絵で すでに計画していたことであり、またこのほとんど最終段階に至ってのみ実行可能な作業 であるから、それなりに大切な表現でもある。まず、この最終段階におけるロー使用のひ とつの目的は、ひまわりの葉のごく一部を渋い緑色の顔料による墨流し表現で染めるため に必要なためだ。これは当然この過程において絶対的に必要なものではなく、糊抜染と同 様、独立した作業としてほかに応用が効く工程だ。さて、この墨流し染めの適用を考えた のは、葉が屏風の中心の大半を占める絵であり、葉を小刷毛で立体的にぼかし染めするこ とはひとつの効果として当然でも、それだけでは足りず、別のもっと何か変化のある表現 を同居させる必要を感じたことによる。通常、単調な区域の中にアクセントとして別種の ものが混在していることは作品全体を豊かなものにする。ただし、ここではアクセントと はいえそれがあまりに目立ち過ぎては行けない。近寄ってよく見ればわずかに差がわかる 程度の効果でよい。それを得るには、その部分だけを別の色で挿すなりすることで事足り るが、それでは面白くない。昔の小袖ならばそうしたアクセントは刺繍に頼ったり、金箔 が貼られたりした。そういう技法を屏風で使用するのも面白いかもしれないが、ここでは 純粋な染色、つまり防染効果のみの表現にこだわった。ところで、ひまわりは花を咲かせ る頃には下方の葉はすでにほとんど枯れていることがよくある。枯れた葉の表面はしわく ちゃの状態がひどく、コスモスがカオスに席を譲ったかのように見える。そこで、墨流し の流動的なカオス文様をひまわりの一部の葉のごく一部の区画に施すことを思いついた。 全体で10数か所程度だ。ただし、ある特定の区域のみ墨流しで染めるには、その部分を 堰出す必要がある。また、すでに染まっている葉の適当な場所を選んでそこだけに墨流し を施せば、その部分が他よりも濃く仕上がる。このことを見越して、実は墨流しをする部 分は糊の堰出し後の引染めが終わった時点で決め、そこだけは小刷毛による立体的なぼか しをせずに、染めた草色の地色のままにしておいた。したがってその部分を今度はローで 周囲を堰出しし、そこに緑色の顔料で墨流し文様を付着させた。
 この顔料による墨流しには染料店で販売している商品を使用した。これは顔料液の中に 樹脂系の顔料固着剤が混入されていて、10色程度が売られている。そのため脱ロー後の 蒸しによってさらに生地によく定着する。通常は墨流しと言えば本物の墨を使用するが、 墨は本来顔料であり、膠の代わりに樹脂を使用するとしても、同じ顔料によるカラフルな 墨流し模様の効果を表現しようと考えるのはごく自然なことに思える。本当はこうした樹 脂系顔料を使用することは気が進まないが、ごく小さな面積でしかも色もあまり目立たず 、また実験的な思いもあって行なった。墨流しする箇所はごく小さな面積であり、友禅の 彩色で使用する小皿に収まる程度の大きさだ。そのためローの堰出し範囲は大きければ大 きいほど墨流しで染める作業が無難になってよいが、せいぜいその皿の3、4倍の直径で よい。何もかも厳密に計画して進めて来た作品の中に、些細な偶然と言えるこうした墨流 し染めの流動的な線の効果は、全体をどこかリラックスもさせつつ謎めいたものにするの に貢献すると考えた。それが成功したかどうかはわからないが、葉脈の一部を同じ色の墨 流しで染めるという考えは気に入っている。それは水をふんだんに扱う染色でしかなし得 ない効果のひとつであり、それのみでも染色として昔から位置づけられて来たものという 伝統に対する一種の尊敬の念だ。染色は陶芸に比べて偶然が支配する要素は少なく、特に 友禅に限ればそう言える。意思によってどんな細部の形をも決定するという作家態度は見 事なものには違いないが、どこか偶然に委ねることで、思いもよらない効果が生ずるのを 期待する鷹揚さがあってもよい。墨流しでさえ、その流線模様をほとんど希望の形どおり に調節出来る人があるが、それもわからないではないとしても、ここではそこまで墨流し の形にはこだわらなかった。
 皿に注いだ特殊な溶液上に所定の色に調合した顔料を2、3滴垂らし、ある程度攪拌し て墨流し模様を作り出した後、その皿の溶液のうえにローで堰出しした生地の表面を静か に接触させる。その瞬間に墨流しの顔料が生地裏から見ても定着したことがわかるので、 すぐに生地を皿からそっと引き放す。こうした一連の作業は生地を張り木に張ったままの 状態で行ない、顔料の入った皿の方を墨流しで染める場所に移動させる。大きな生地全体 を操りながら、小さな皿の中にある顔料の液を所定の小さな部分に染めることになるから 、かなり作業はスリルがあってとんでもない失敗も生じやすい。そのため、周辺をよく整 理して邪魔な物がない状態で作業を行なう。染まった部分はそのままの状態で自然乾燥さ せる。墨流しを染め重ねるとややこしい模様になるので1回限りで済ます。小裂で色合い をよく実験して顔料液を調合するのは言うまでもない。墨流しが染まった直後、生地を上 方に引き放すと、ローの表面にたくさんの溶液や顔料の雫が付着しているので、それらを 絶対にローで堰出しした部分以外に流れ出ないように注意しつつ、生地を裏返したままの 状態で生地下に潜り込むなりして、すぐにティッシュやきれいな雑巾で拭い去る。この作 業が遅れるとローの表面も染まってしまう場合があるから、手際よく行なう。


  16,糊堰出し部の引染め
  17,糊堰出し部の彩色
  18,再蒸し、水元
  19,乾燥
  20,糊抜染
  21,彩色
  22,ロ−堰出し
     24,ロー吹雪
  25,ロー吹雪部の彩色
  26,ロー・ゴム・オール
  27,表具   1,受注
  2,写生
  3,小下絵
  4,下絵
  5,白生地の用意
  6,青花写し
  7,糸目
  8,地入れ
  9,色糊置き
  10,糊伏せ
  11,豆汁地入れ
  12,引染め
  13,蒸し
  14,水元
  15,糊堰出し
  
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